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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『蜀碧・嘉定屠城紀略・揚州十日記』(彭遵泗、朱子素、王秀楚著、松枝茂夫訳)

2014/04/24
   「虐殺=正義」というカラクリ
中国・明代末の虐殺の記録

 〈四川の人間はまだ死に尽くしておらぬのか。おれが手にいれたのだから、おれが滅ぼしてしまうのだ。ただのひとりでも他人のために残しておきはせぬぞ〉


 小説の中の台詞ではない。中国は明代末、反乱軍の首領・張献忠(のちの大西国皇帝)の吐いた言葉だ。

 『蜀碧・嘉定屠城紀略(かていとじょうきりゃく)・揚州十日記』に収録されている「蜀碧」は、献忠の反乱の模様を記録したものだが、描かれているのは“虐殺”そのものである。


 〈ある夜のこと、静かで何もすることがなかった。すると彼(献忠)は突然、「今夜は誰も殺すべき奴はおらんのか」といいだして、とうとう自分の妻と愛妾数十人を殺すよう命じ、たったひとりの子までも殺してしまった〉


 虐殺方法にも献忠はこだわった。

「鉋奴(ほうど)」……〈手足を斬り落す〉

「辺地(へんち)」……〈背筋で真二つに斬り離す〉

「雪鰍(せっしゅう)」……〈空中で背中を槍で突き通す〉

「貫戯(かんぎ)」……〈子供 たちを火の城で囲んで炙り殺す〉


 しかしこうした“残虐性”を、張献忠のパーソナリティのせいにしてはいけない。「嘉定屠城紀略」と「揚州十日記」は、清軍による虐殺の記録を被害者側から記した書だが、その中にこうある。


 〈清兵が鎮(まち)にはいって来たとき、人々はまだ起きていなかったので、彼らはほしいままに屠殺を行ない、流血は踝(くるぶし)を没するほどであった〉(「嘉定屠城紀略」)


 反乱であろうが、革命であろうが、いわば「戦争」である。戦争とは人殺しであり、虐殺は正義なのである。

 虐殺=正義などと断言すれば、「そんなはずはない」という反論もあるだろう。しかし考えてみてほしい。戦争とは、〈政治的意思を貫徹するためにとる最終的かつ暴力的手段〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)なのだ。敵兵を多く殺せば、英雄となり、勲章がもらえる(張献忠の軍でも、人を殺した数で昇進が決まったという)。

 道元(曹洞宗開祖)はこんな言葉を残している。


 〈善悪は時なり、時は善悪にあらず〉(「正法眼蔵」)


 善悪は「時代」が創るのだ。戦争の時代には虐殺もまた善となる。本書を読んで、深いため息のもとこの言葉を実感した。われわれもまた、「時代」によっては「虐殺=正義」を生きねばならぬかも知れないのだ。

 「戦争の時代」にしてはならない。これよりほかに、自分の信じる正義を守る術はないのである。

今週のカルテ

ジャンル記録
時代 ・ 舞台1600年代の中国(明代末~清代初頭)
読後に一言下の「名言」を読んでください。これがすべてです。
効用戦争の真実が記録されています。
印象深い一節

名言
この先、幸いに太平の世に生まれ、平穏無事の日々を楽しんで、自ら修養反省につとめず、ひたすら物を粗末にする人々は、これを読んで恐れ警(いまし)める所があればと願う次第である(「揚州十日記」)
類書同時期の世相がわかる『今古奇観 明代短編小説選集(全5巻)』(東洋文庫34ほか)
同時代の知識人の生活ぶり『長物志 明代文人の生活と意見(全3巻)』(東洋文庫663ほか)
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