1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
イスラム文化圏の笑いやいたずら、ホラ話が 500余話もつまった、トルコ版一休とんち話。 |
「この菓子には毒が入ってるから喰うな」と子どもたちに言って出かけていくホジャ。が、子どもたちは、そんなことは嘘っぱちだとすべて平らげてしまう。さあホジャにどう言い訳するか。子どもたちはホジャの大切にしていたナイフを折り、ホジャが帰ってくると皆で泣き出した。どいつが折った! と怒るホジャ。子どものひとりがこう答えた。
〈「……菓子を食い、毒に中(あた)って死んじまや、ホジャから叱られんで済むだろう」と考えたん。けど、大盆いっぱい平げたのに、あたいにゃ何ともないんだい〉
『ナスレッディン・ホジャ物語』の中のひとつである。
主人が「猛毒だ」という砂糖を全部なめてしまい、その言い訳に、主人が大切にしている壺と掛け軸を壊す。毒を食らって死んで詫びようとした……。狂言の「附子(ぶす)」であるが、この話と瓜二つ。元は鎌倉時代の『沙石集』(『新編 日本古典文学全集』52巻)にある話で、江戸時代に「一休咄」としても採用されたので、一休の頓知話として知っているという人も多いだろう。
まさにナスレッディン・ホジャとは、「トルコの一休」と称される、偉人(?)なのである。で、ホジャの名の下にトルコの笑い話が語られるようになり、笑い話=ホジャの物語となった。訳者の「ホジャの人格が全く分裂していて、そこには何の統一も見られぬ」という指摘を待つまでもなく、このホジャ、掴み所がない。一休ならば、毒を食らう側に回るが、ホジャは食らわれる側に回るのだから。そうかと思えば頓知でやりこめたり、恐妻家になってみたり、時には警句を吐く賢者となる。トルコの学者はホジャの実在を固く信じているらしいが……。
「ホジャ」は、集団の外に立ち、人々のあっと驚く言動によって、そこに風を吹き込む。言い方を変えればそれが「笑い」なのである。イスラム教圏は、私たちにはうかがい知れぬ世界だが、前段の「笑い」を共有していると思えば、距離はぐっと近くなる。笑い=世界共通言語が、異文化を繋げるのである。
というわけで、最後にホジャの笑いを一席。
〈当時(とき)の暴君の一人が、或る日、ホジャに、人間てぇものは、いつの日までこうして、生まれて、暮らして、死に続けるんじゃろう? と訊く。ホジャは、こう答える。天国と地獄とが満員になるそのときまでじゃ〉
もちろん中には、どこがおかしいかと首をひねる話もある。それはまた、異文化を知る手がかりでもある。
ジャンル | 笑い/説話 |
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時代 ・ 舞台 | 中世トルコ |
読後に一言 | 笑いは世界共通か? |
効用 | 笑いで世界はつながっていると考えれば、少々の悩みや憂いなど、大したことのないように思えてくる。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 死ぬ間際、集まってきた近所の女連中(ども)から「どんな人柄(ひと)だったと言いましょうか」と聞かれ、放った一言。 「女連中のお喋りに、ちっとも飽きない人柄じゃったと言うて、悼(な)いとくれ」(277ページ) |
類書 | 中国の笑い500『中国笑話選』(東洋文庫24) アラビアの寓話『カリーラとディムナ』(東洋文庫331) |
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(2024年5月時点)