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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 92

『鹿洲公案 清朝地方裁判官の記録』(藍鼎元著、曠敏本評、宮崎市定訳・釈)

2014/06/12
アイコン画像    清の時代にいた、大岡越前!
法と裁判を巡る仰天ストーリー

 農民作家・山下惣一氏の傑作短編に、「減反神社」という作品がある。休耕田に立ちションや不法投棄をする人が後を絶たず困っている農家の話で、役所に相談してもラチがあかなかった彼らは、思い切った行動に。田んぼの隅の大石にしめ縄を掛け、インチキ神様に仕立てたのだ。すると、立ちションが収まったばかりか寄進が相次ぎ……という話。かつてご本人に取材した際、この小説の話を聞いたら、なんと実話が元になっているそうな。

 こちらは中国・清の時代の話。草むらに棺桶が2つ、放置してあった。誰かがお参りしたところ、真似る人が現れ、あっという間にパワースポットとなってしまった。


 〈その評判は間もなく隣の県にまで拡まり、愚男愚女が十里百里の遠路をものともせず参詣にやってくる〉


 このトンデモ話(「邪教の芽ばえ」)は、『鹿洲公案』の中のひとつ。本書は「清朝地方裁判官の記録」と副題にある通り、実際の民事裁判記録を読み物風にまとめたもの。で、この裁判にあたった知事・藍鼎元という人物がキレ味鋭いんですねぇ。清代の大岡越前といったふうで、この騒動も、〈そういうものを信仰するとは全くの馬鹿者であると同時に憐むべき不幸者だ〉とバッサリ。


 〈こいつ(棺桶)が叢(くさむら)を巣にして妖術を使い、民を迷わし世を毒する罪を数え、棺を鞭うつこと一百のうえ、火にくべてこれを燃やし、灰をとって河のまん中にまきちらし、県の人民のために害悪を除きたいと思うぞよ〉


 と強い調子で迫ったところ、驚いた子孫が名乗りを上げて、棺桶を埋葬し直したという話。

 本書には、こうした驚くべき逸話が満載で、亡き父の遺産で揉める兄弟を、鉄の鎖で縛り付け、寝るのもトイレに行くのも一緒の状態にして、仲違いする兄弟の悔い改める話(「兄弟の不和は遺産から」)など、まるで講談でも読んでいるような気分である。

 この知事の裁きが小気味よいのはなぜか。知事は言う。


 〈私はこの県の知事になってから、お上の法律はどこまでも守らせる……〉


 遵法。このひと言に尽きるんですね。勝手な法律解釈もなければ、誰かのために便宜を図ることもない。「法」に重きを置く。それでいて、四角四面に罰することなく、対応は柔軟に行なう。

 「法」に対するスタンスひとつで、社会は良くなったり悪くなったりするんですね。遵法……いい言葉です。

本を読む

『鹿洲公案 清朝地方裁判官の記録』(藍鼎元著、曠敏本評、宮崎市定訳・釈)
今週のカルテ
ジャンル法律/風俗
時代 ・ 舞台1700年代の中国(清)
読後に一言裁判に対し、曠敏本なる人物がいちいち評を付けているのですが、皮肉たっぷりでこちらも小気味良かったですねぇ。
効用法律と日常生活の結びつき、関わりあいが、ドラマの中から見えてきます。
印象深い一節

名言
〔評〕疑獄がどうしても解決しない時には、権謀術策を用いるのもやむをえまい。
類書中国の「訴訟と刑罰」の変遷も載せる『中国社会風俗史』(東洋文庫151)
大岡越前の名裁判を描いた物語集『大岡政談(全2巻)』(東洋文庫435、439)
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