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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『北京の伝説 中国の口承文芸4』(金受申著、村松一弥訳)

2014/06/26
アイコン画像    伝説の向こうに、私たちの願望あり?
地図と図版でたどる北京の街の伝説

 先日、書架の整理をしていたら、「伝説」と名のつく本がやけに目につくので、気になって数えてみたら30数冊あった。自分に呆れたが、理由ははっきりしている。旅行に行く、引っ越す……という時に、ガイド本を買う代わりにその土地の伝説について書かれた本を購入しているから。

 伝説とは「国史大辞典」(ジャパンナレッジ)によれば、


(1)〈ある程度まで信じられている〉

(2)〈どこか決まった場所と結びついている〉

(3)〈これという形式をもたない〉


 という特徴を持つそうだ。つまり伝説の向こうには何らかの現実性がある、ということだ。「いったい、ここで何があったのだろう」と想像しながら、眼前の風景に伝説を重ねあわせるのが、私には楽しいんですね。

 で、伝説について書かれた東洋文庫を……ということで、『北京の伝説』を手に取った。この「まえがき」にあった伝説の説明には唸らされましたな。


 〈民衆は豊かな幻想と強烈な願望を抱いているものです。彼らは水害を恐れるがゆえに、洪水をおこす悪い竜を退治するのです。(中略)幸せな暮らしをしたいから、仙人に幸せを持って来させるのです〉


 伝説の裏側には、〈願望〉があった、というわけだ。伝説の舞台となる北京は、明の三代皇帝・永楽帝が南京から遷都し紫禁城(故宮)を築いたことで、中国の中心となった。よって紫禁城絡みの伝説が数多く残っている。

 興味深かったのは、こうした建築や造営にまつわる伝説が、ことごとく魯班(魯般)の功績とされていること。魯班は、〈中国春秋時代、魯の工匠〉で、〈木を刻んで作った鳥が飛んだ〉というほどの技の持ち主。〈後世、工匠の祭神とされる〉人物だ(「日本国語大辞典」)。日本にも、空海が造った池や掘った井戸の伝説が数多く残されているが、これと似たような図式か。こうした魯班の伝説は「魯班故事」というひとつのジャンルになっているのだとか。

 本書は、塔や橋など歴史的建造物の伝説を多く収録しているが、その中に盧溝橋の話があった。伝説によるとこの橋は、竜が造ったサソリのしっぽだそうな。運んでいた大岩がサソリに刺され動けなくなるという伝説が残っている。盧溝橋といえば、今から77年前の七夕の夜、この付近で日本軍と中国国民革命軍との衝突があったことで知られる。この事件を契機に泥沼の日中戦争が始まった。竜のかけた呪い――サソリの毒の仕業だろうか。

本を読む

『北京の伝説 中国の口承文芸4』(金受申著、村松一弥訳)
今週のカルテ
ジャンル説話
成立した時代 ・ 舞台中国/1957、1959年刊行
読後に一言本書は全編、〈さあさあ、この四つの角楼はどうやって建てられたのでございましょうか。じつは北京にはこういう言い伝えがあるのです〉という講談調。本当に講談を聞いているかのようです。
効用地図や図版も豊富で、読んでいると、北京の街を実際に訪れてみたくなります。
印象深い一節

名言
これらの伝説をお読みになれば、民衆がどんなに北京を愛しているか、よくお分りになるでしょう! 北京の建築がどれほど壮大華麗か、よくお分りになるでしょう!(原著者第一集まえがき)
類書清代末の北京の暮らし『北京風俗図譜(全2巻)』(東洋文庫23、30)
中国の神話を分析『中国神話』(東洋文庫497)
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