1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
権力欲の亡者たちの栄枯盛衰を描く、 史実と虚構ないまぜの歴史物語 |
なんだかキナ臭い世の中でありますが、心理学的にいうと、人の攻撃性は、権力欲や出世欲、名誉欲などでも触発されるんだそうな。いわば、こうした“欲”が戦争の引き金を引いてしまうというわけ。
『室町殿物語』は題名の通り、室町時代(とはいっても最末期)――足利義晴から信長・秀吉までの時代の逸話を、虚実入りまじらせて描いた物語だ。この中に、欲まみれの台詞をみつけた。主君・大内義隆を討った陶尾張守隆房(陶晴賢)は言う。
〈義隆公をほろぼして、一日なりともあの栄華、心のまゝにたのしみて、未来の思ひでにせん〉
一日でもいいから栄華を味わいたい。この欲が戦乱を巻き起こしたといえる。言うまでもなく、「栄華」とは、〈権力や財力によって世に時めき、栄えること〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。そして「権力」とは、〈他人を強制し服従させる力〉(同前)。自分が決定したことに、他を従わせる――こうした権力欲が、歴史を動かしてきたのは間違いない(実際、現在の日本の権力者の口癖は、「決める時にはしっかり決める」だ)。
『室町殿物語』が読み物として非常に興味深いのは、こうした“欲”に取り憑かれた者たちの栄枯盛衰を描いているからだ。陶晴賢が毛利元就に討たれたのは歴史の知るところだが、本書ではそれをこう表現する。
〈三年が内の栄華は、(中略)一炊の夢の覚めたるがごとし。哀れにはかなき事どもなり〉
本書では、織田信長のエピソードを多く扱うが、本能寺の変の一因とも言われるのが、酒席での罵りだ。
信長は、酒が飲めませんと辞退する明智光秀の頭を押さえつけ、脇差しを突きつけて脅す。
〈いかに、きんかんあたま〈金柑頭〉、のまふかのむまひか、一口返事をせよ〉
日本人が好きな偉人アンケートでは、常に上位に来る信長だが、その決断スピードには目を見張るものがある。「決める時にはしっかり決める」男だ。だが一方で、権力欲に囚われていたのも事実だろう。真偽はともかく、部下を権力で蹂躙するエピソードが語られること自体が、それを物語っている。陶晴賢がそうであったように、信長もまた、欲の大きさゆえに自滅したと言えまいか。
無理に教訓を読み取ることもないが、本書は、欲に囚われた人間は滅ぶ、という物語だといってもいい。権力欲に取り憑かれた人間には、必ず鉄槌が下されるのだ。
ジャンル | 歴史/説話 |
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時代 ・ 舞台 | 16~17世紀の日本( 1706年刊行) |
読後に一言 | NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』もそろそろ本能寺の変だそうですね。観てはいませんが……。 |
効用 | 歴史の別の側面が見えてきます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 是(戦乱)に依って、農桑の煩費、万民の悲歎、言語につきず、漢楚の戦ひに海陸を覆しけん兆民(多くの人民)の愁も、かくやと知られて、浅間敷かりし世間也。(「序」) |
類書 | 宣教師ルイス・フロイスが見た同時代の日本『日本史(全5巻)』(東洋文庫4ほか) 足利幕府成立にいたるまでの軍記物語『源威集』(東洋文庫607) |
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