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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 357

『懲毖録』(柳成竜著、朴鐘鳴訳注)

2014/07/17
アイコン画像    日本がおこした約400年前の侵略戦争
この戦争は何をもたらしたのか。

 俳人の金子兜太さん(94歳)の自伝的エッセイ(『俳句を楽しむ人生』中経の文庫)を読んでいたら、こんな記述にぶつかった。


 〈戦争によって救われると思った〉


 金子さんは埼玉・秩父育ち。貧乏に喘いでいた町では、太平洋戦争は〈義挙〉だった。そして金子さんは激戦地、トラック島(西太平洋チューク諸島)に送り込まれる。仲間たちの多くが餓死する中、そこで終戦を迎える。


 〈(戦っている兵に)戦争目的なんてなにもない。国家目的もなにもなく来て、そして死んでしまう〉


 結局、義挙でも何でもないことに、金子さんは気づく。


 さまざまな見方はあれど、先の太平洋戦争が「侵略戦争」であったことは間違いない。他国の名もなき人々を蹂躙した歴史を、私たち日本人は持っている。そして忘れてはならないのは、今から約400年前、1592年(~1598年)にも日本が侵略戦争を起こしているという事実である。それが、豊臣秀吉による「文禄・慶長の役」(朝鮮側からすると「壬辰・丁酉の倭乱」)だ。

 『懲毖録(ちょうひろく)』は、この戦争の朝鮮側からの記録である。著者の柳成竜(リュ・ソンヨン)は、戦争当時、〈兵曹判書(軍務長官)、都体察使(諸将の監督)、領議政(宰相)などをつとめ〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)た実力者で、それだけに記述は真に迫る。


 では、その戦争の実態とは?


 〈その(日本軍の)通過する所では、みな、家屋を焼き払い、人民を殺戮し、およそわが国の人を捕えればことごとくその鼻をそいで威を示したので、〔賊〕兵が稷山に至るや、都城(漢城府、ソウル)の人々はみな逃れ散った〉


 鼻をそぐという話は、作り話ではない。事実、〈鼻切り〉は秀吉の命によってなされ、〈切り取った鼻は塩漬けにして樽に詰め、秀吉のもとに送られた〉(同前「国史大辞典」、「文禄・慶長の役」の項)。ここには義も理もない。あるのは愚のみ。

 計7年に及んだ戦争は、何をもたらしたか。戦争に勝てなかった豊臣政権は衰退し、その後、豊臣家は滅亡。朝鮮を助けた明は弱体化し女真(清朝)に滅ぼされた。そして朝鮮では──。


 〈秀吉の朝鮮侵略は朝鮮民族のあいだで「壬辰の悪夢」として後世に語り伝えられ、忘れがたいものとなって民族意識のなかに脈うっている〉(同前)。


 結局、この侵略戦争はひとりの勝者も生み出さなかった。多くの名もなき人々の屍が、朝鮮半島に転がっただけ……。これが、戦争の真実である。

本を読む

『懲毖録』(柳成竜著、朴鐘鳴訳注)
今週のカルテ
ジャンル記録/政治・経済
時代 ・ 舞台1590年代の朝鮮半島
読後に一言結局、日本は朝鮮半島を2度、侵略していることになります。〈忘れがたいものとなって民族意識のなかに脈うっている〉のは当然でしょう。
効用攻められた側が語る戦争の真実。歴史の証人による貴重な記録です。
印象深い一節

名言
倭(日本)は最も奸悪巧猾で、戦いに際しても、どれ一つとして詐(いつわ)りの手段に出ないということがなかった。
類書秀吉の朝鮮侵略で捉えられた朱子学者の記録『看羊録』(東洋文庫440)
秀吉の軍を撃退した朝鮮水軍李舜臣の日記『乱中日記 壬辰倭乱の記録(全3巻)』(東洋文庫678、682、685)
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