1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
生誕100周年だからこそぜひ読みたい、 「白川漢字学」の集大成。 |
私はこの書物の最後に、こう記してあるのを発見して……恥ずかしい話だが、何だか涙が出てきた。
〈古代の人々の生活と、その民俗的な諸事実を、限りなく発掘する〉
本書は、金文や甲骨文、中国や日本の文献資料を収集し、「漢字」の成り立ちを探究した本である。〈古代から現代に至るまでを、生きつづけてきた文字〉であり、〈歴史の通路である〉、と漢字を定義する白川静氏にとって、それは自分に課したミッションであった(その成果は、本書であり、ジャパンナレッジに入っている漢和辞典『字通』である)。
読者からすると、『漢字の世界』を読むという行為は、ピッケルひとつで頂上の見えぬ山に挑むかのごときで、白川漢字学の全貌はようとして知れない(私は何度もはね返された)。決して文章が難解なわけでも、高度な理論を駆使しているわけでもないのだが、扱う「知」が広すぎるのである。
例えばこんな調子で。
〈古代の文化において、特にその技術についていえば、それはしばしば精神史的な間題であった。一言にしていえば、何らかの信仰がその技術をよび、それを支えているのである。非科学的なものが、むしろそのすぐれた技術の背後にあって、技術への媒介者となっている。そのように解しなくては、この孤立的な技術の高さと、孤高に近い成就の秘密を解くことができない。(中略)そしてそれを支えた精神的な基盤の衰落とともに、技術もまた滅びるのである〉
やや長い引用となったが、これでもわかりやすい部分である。そしてこの短い文章の中に、文明論ともいうべき含蓄と分析とがある。いったい読んでいる間、何度、「なるほど!」と感嘆したことだろう。
氏のこうした作業が、並大抵のものではないことは、私にもわかる。だからこそ、白川静氏のスタンスが、非常に気になった。と、ここで前段の引用文に戻る。氏は、はっきりとスタンスを明記していた。
〈限りなく発掘する〉
漢字という膨大な遺物を、氏はひとりで発掘していたのだ! ただひたすら、愚直に、信じた場所を掘り続けたのだ。この「愚直さ」――現代に見られなくなった姿勢に、私は強く揺さぶられるのである。
10月30日は、氏の命日である。
ジャンル | 漢字学/歴史 |
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時代 ・ 舞台 | 古代中国 |
読後に一言 | これを偉業と呼ばず、何と呼ぼう。 |
効用 | 自分の「日本語」に対する姿勢が、一変します。日本語を使用する人すべてが、一度は目を通すべきでは? |
印象深い一節 ・ 名言 | 古代文字の世界を回復することは、その時代と生活、その生活を支えた思惟の世界を、回復することである。 |
類書 | 白川静漢字学の成果『金文の世界』(東洋文庫184)、 『甲骨文の世界』(東洋文庫204) |
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