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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 686

『列女伝1』(劉向著、中島みどり訳注)

2014/09/25
アイコン画像    「良妻賢母」vs.「賢妻良母」
中国最古の女性列伝の理想

 小学生の息子を抱える身として、「妻に敵わない」と思わされることが多々ある。子どもから見た「母」の存在が大きいのだ。だから「子育ては女がしろ」って言ってるんじゃないですよ。子と母の結びつき、影響力の強さに、男(父)は敵わないと白旗をあげているのです。

 で、理由を知りたくて、中国最古の女性列伝といわれる劉向(りゅうきょう)の『列女伝』を紐解いた。「孟母三遷」が載っている本、といったらおわかりだろうか。

 訳文、小解説、注、という体裁で説話が紹介されるのですが、その小解説で「お!」という箇所を見つけた。


 〈後世、中国語では「賢妻良母」という言い方が普通で、「良妻賢母」と言わない〉


 〈「列女伝」の妻役割、規範が受け入れられ、根づいたこと〉の証拠として、訳者は説明するのだが、この言葉の違い、ちょっとの違いだが大きい違いである。で、ジャパンナレッジで「良妻賢母」を調べてみると……。


 〈良妻賢母主義とは狭義には第二次世界大戦前の日本の女子教育理念をさし、それは1899年(明治32)の高等女学校令の公布によって確立した〉(「ニッポニカ」)


 明治以前、言葉として「良妻」も「賢妻」もあったのに(良母と賢母はないが)、わざわざ「良妻」という。一方の中国も、「賢妻良母」は古い言葉ではないが、「良母」という。この違いは何だろう? 「字通」(ジャパンナレッジ)で「良」「賢」をそれぞれひくと、こうある。


……〈[1]よい、すぐれる、うつくしい。[2]まこと、すなお、やすらか、おだやか。……〉

……〈[1]かしこい、神につかえるもの。[2]まさる、よい、すぐれる、たっとぶ……〉


 勝手に解釈すると、「良妻」は美しくて素直な(男にとって都合の良い)女性だ。一方、「賢妻」は賢くどこか近づきがたい(男にとって口うるさい)女性だ。「良母」は優しく穏やかな母、「賢母」は賢く厳しい母か。

 となると、「良妻賢母」という言葉には、男にとって都合の良い、教育ママという図が浮かび上がる。一方、「賢妻良母」は男に意見する強い女性だ。

 だが「良妻」は男の都合、幻想にしか過ぎない。良妻が抜け落ち「賢母」だけが残る。「賢母」――つまり子育ては女の仕事。優しい女性は外に求め、妻には賢母たることを強いる。「妻に敵わない」という台詞は、「良妻賢母」の刷り込みによるものかもしれません。反省。

本を読む

『列女伝1』(劉向著、中島みどり訳注)
今週のカルテ
ジャンル伝記/説話
成立した時代紀元前1世紀の中国(前漢)
読後に一言母子関係――まだまだ何かあるはず。ということで、次回も「列女伝」を続けます。
効用〈わたくしは私〔欲〕をもって公〔利〕を覆い隠すことはできませぬ〉といった公意識の強い女性が多数登場します。これもまた、社会秩序を保つのに都合のいい女性を生み出そうとする意図かも知れませんが、数々の説話は、本書が成立した時代の空気を色濃く伝えています。
印象深い一節

名言
さてもこの母の儀(てほん)こそ、賢聖にして智有り。行(おこない)は儀表となり、言(ことば)は義理(もののすじめ)に中(あた)る。(「母儀伝」)
類書中国古代の世界観『漢書五行志』(東洋文庫460)
中国古代の詩『詩経国風』(東洋文庫518)
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