1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
色と権力と金にとことん執着 国を滅ぼした女性たちの記録 |
『列女伝』最終回です。この『列女伝』を「母儀伝」、「賢明伝」(1巻)、「仁智伝」、「貞順伝」、「節義伝」(2巻)と順に読み進めていくと、その章題からもわかる通り、女性=聖女である。女性そのものに圧倒されて、最後の巻『列女伝3』を紐解くと、しかし、ちょっと様相が変わる。
「辯通(べんつう)伝」は、弁の立つ女性の話で、“口喧嘩に負けない女性”といったふうである(私はプライベートで、女性に口喧嘩で勝ったためしがない)。聖女……らしからぬ感じだ。で、最後を飾る「孼嬖(げっぺい)伝」。これ、実は国を滅ぼした女性たちの話なのです。
例えば、夏(か)を滅ぼすきっかけをつくった妃、末喜(ばっき)。帝の桀(けつ)は、美貌の末喜を、〈膝にのせ、その言うことは何でも聞き入れ〉たという。例えば、舟を走らせることが可能な大きさの酒の池をつくり、下々の者を牛馬のように繋いで酒を飲ませた。
〈酔って溺死する者があると、末喜は笑って、それを楽しんだ〉
贅沢三昧、わがまま三昧。徳も義もなんにもない。わが子に権力を握らせるために、義子を殺す。不義密通は当たり前。そんな亡国の女性たちが、15人、『列女伝』の最後を締めくくるのだ。
これは恐ろしいまでの、洗脳だ。
(男や男社会にとって)都合の良い賢い女性でありなさいよ、と「孟母三遷」のような、女性のエピソードを積み重ねておいて、最後に、そうでない女は国を滅ぼしてしまう、と亡国の罪をなすりつけてしまうのだから。そりゃあ、中には恐ろしい女性もいるでしょう。でも、そうした女性を選んだのは誰でしょう? 毎晩、自分の膝の上にのせ、わがままを何でも聞いてやったのは誰でしょう? 男性が、女性を“亡国の女性”に変えてしまったという見方はできないか。
訳者の中島みどり氏はよっぽど思ったのだろう。「あとがき」にわざわざこんなことを記している。
〈この書物が、これに続いた中国二千年の礼教社会の中の、女たちの被抑圧と受難の記憶を喚び起こし、その苦痛をなまなましく蘇らせ、それが悪夢となってわたしに襲いかかった〉
しかしこうまで徹底的に洗脳しないと、女性は言うことを聞いてくれない。男性側の情けない事情が、古代より変わらずあるのだと、私は学んだのでした。
ジャンル | 伝記/説話 |
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成立した時代 | 紀元前1世紀の中国(前漢) |
読後に一言 | いい男、いい女が自然に存在しているのではなく、人間関係の中で、いい男、いい女になっていくのだと、改めて思いました。 |
効用 | 「驚くエピソード」という観点で見れば、最終巻がもっとも読み応えがあります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 子が幼いときに慢(ぐうたら)なのは母の罪でございます。が、大人になって役立たずなのは父の罪であると申します(「辯通伝」) |
類書 | 神農時代から漢代末の農業政策、財政経済など『漢書食貨・地理・溝洫志』(東洋文庫488) 秦、漢~唐の政情『中国民衆叛乱史1』(東洋文庫336) |
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