1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「アラビアのロレンス」と ノーベル物理学賞受賞者の共通点 |
『アラビアのロレンス』、ピーター・オトゥール主演の映画(1963年日本公開)を観ていなくても、この名を耳にしたことがないという人は少ないはずだ。説明するまでもなく、ロレンス(ローレンスとも)は、〈第一次大戦中トルコに対するアラブ部族の反乱・独立戦争に加担して戦い,大戦後イギリス国内では〈アラビアのロレンス〉の名で脚光を浴び〉た人物だ(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)。
本書『アラビアのロレンス』は、ロレンスと親交のあった英国の詩人グレーヴズが描いた、1910年頃から1922年までのロレンスの伝記だ。ロレンスはアラビアで何をしたのか。当人を知る者ならではの描き込みと、詩人の筆致で、非常に臨場感のあるテキストになっている。
『アラビアのロレンス』を持ち出したのは他でもない。文中のロレンスの台詞に、心を動かされたからである。ロレンスはアラビアの部族に、〈反乱の光栄は困苦と艱難の中にある、肉体を精神に捧げることにある〉と説く。
〈失敗は成功より輝かしいものでさえある〉
青色発光ダイオードの開発で、先日、日本人科学者3名がノーベル物理学賞を受賞したが、その中のひとり、天野浩氏は、〈数々の失敗の上に築き上げた経験が発明の「幸運」を呼び寄せた〉(毎日新聞2014年10月8日)と語っていたが、それはロレンスの言葉と重なる。もし凡人と何かをなした人との間に差があるとしたら、それは“失敗(=挑戦)の量”ではないか。ロレンスは言葉を続ける。
〈決死の覚悟を決めることによって、敵対的な「運命」に挑戦すべきである。物質生活や繁栄という貧しい資源を誇りをもって投げ捨て、こうして「運命」にその勝利の貧しさを思い知らすべきである〉
甘美すぎてある種の危うさがあるが、それにはここで触れない。むしろ、リスクに向かっていく姿勢をここに見出したい。ロレンスには(それがイギリス側に立った発想だったとしても)アラブの解放という信念があった。
ノーベル物理学賞受賞者のひとり、赤崎勇氏は受賞記者会見で、「はやりの研究にとらわれず、本当に自分がやりたいことをやれ」というようなことを語っていた。まさに敵対的な「運命」への挑戦を促していると言える。
しかしこうした強固な意志は、持つことが難しいのもまた事実。特に現代社会は、就職の一環で「イスラム国」に参加してしまう時代なのだから。
ジャンル | 伝記 |
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時代 ・ 舞台 | 第一次世界大戦前後のエジプト、シリア、ヨルダン、サウジアラビアなどのアラブ |
読後に一言 | 思い込みでもいいから、強固な意志を持ちたいものです。 |
効用 | 第三者による伝記なので、ロレンス本人の回想録『知恵の七柱』より読みやすいです。 |
印象深い一節 ・ 名言 | ロレンスはこれらの部族民が、みすぼらしい不潔な者までが、アラブ人の民族的自由という考えをもっていることを知って愕然とした。 |
類書 | ロレンス本人が心情を吐露『知恵の七柱(全3巻)』(東洋文庫152ほか) 同時代のジャーナリストの視点『東方への私の旅』(東洋文庫17) |
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