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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 626

『宋元戯曲考』(王国維著、井波陵一訳注)

2014/11/13
アイコン画像    これぞ、クールチャイナ?
元代に興った庶民の演劇

 〈ぶらぶらしていてばったり出会い、ひまな野郎が誘いの挨拶、言葉遣いが足技仲間、おれたちゃ嬉しがる。鞠を蹴ろうというからにゃ、穏やかさわやか肝腎だ。どうしてピリピリしてなさる、気にせぬことさ出世の不運、何せこの世は落花流水〉


 このノリ、テンポ、何だか楽しそうじゃありません? 暇な蹴鞠仲間(この当時はやっていた)がつるむ様子は、現代の若者と何ら変わりません。

 本書は、元の時代の戯曲――「元曲(げんきょく)」(その母胎となった宋代の曲を含めて)を真正面から論じた書なのですが、なぜ著者が元曲にこだわったかと言えば、このノリが重要なのです。著者いわく、〈元曲は中国で最も自然な文学だと言って何の差し支えもない〉。「自然」とは素直な感情の発露と申しましょうか、心のままに〈胸中の感慨と時代状況を描写した〉ものなのだと著者は言います。〈作家の大半は不遇な下層の知識人で、(中略)接触する庶民の生活がそのまま芝居のなかに描き出された〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)という元曲は、それまでの漢賦や唐詩などと異なり、初めて大成した、庶民の芸術なのです。

 〈歌曲に重きをおかれたが,俗語が多く採り入れられ,中国文学における白話(口語体)文学の開花といえる〉(同「世界文学大事典」)

 しかしこうした下々の文化は、中国では重きを置かれてきませんでした。だからこそ、20世紀初頭に刊行された本書は、庶民文化を真っ当に評価・分析したという意味で、〈新しい時代の幕開け〉(訳者あとがき)と評価されるのです。そう考えれば、クールジャパンの代表格の漫画やアニメも、官製ではなく庶民の文化。庶民文化が花開いているということは、もっと胸を張って良い? アニメや漫画まで官のコントロール下に置かれたとしたら、その時は得体の知れない別のものに変容してしまいます(そうならないことを祈りますが……)。

 著者・王国維の渾身の分析は――ちょっと脇に置いておいて、一読者としては、元曲の「自然」を味わってみることにします(本書には多数の元曲、つまり詩が紹介されています)。


 〈ひとしずくの雨に つらい涙がそのつどすうっと混じり、ひとしぎりの風に 長い溜息がそのつどふうっと応じる〉(【剔銀灯】)


 どうです? 気が利いている言い回しですよね。

本を読む

『宋元戯曲考』(王国維著、井波陵一訳注)
今週のカルテ
ジャンル文学/芸能
刊行年 ・ 舞台1915年/中国
読後に一言元曲の気の利いた表現に、何度も「おおっ!」と感嘆の声をあげてしまいました。
効用中国の文学史を一変させたと言われている名著です。著者の分析は見事です。
印象深い一節

名言
昨日春が訪れたばかりなのに、今朝はもう花が散る。罰杯を急げ 夜は尽き灯は消え去る。(第十二章「元劇の文章」【双調】【夜行船】)
類書元曲の秀作5編『元曲五種』(東洋文庫278)
魯迅の文学論『中国小説史略(全2巻)』(東洋文庫618、619)
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