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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 675|691

『大旅行記 5、6』(イブン・バットゥータ著、イブン・ジュザイイ編 家島彦一訳注)

2015/02/19
アイコン画像    女性、セックス、世俗……
イスラム教徒とめぐるアジア(4)

 数回に渡って、イスラム教徒イブン・バットゥータの『大旅行記』を「宗教」や「信仰」にスポットを当てて読んできましたが、今回で最後。締めくくりに、世俗的なことに触れます。“女性”についてです。

 このバットゥータの旅、“女性”との関わりに焦点を絞ると、途端に別の物語に変容します。バットゥータは妻を連れて旅をしますが、離婚すれば別の妻を娶り、あるいは〈奴隷女〉を買い、そっちの欲望を満たします。

 特に〈マルディヴ群島〉(モルジブ)で暮らした1年半は圧巻です。


 〈私には、この群島で四人の[正式の]妻と、それ以外にも何人かの女奴隷がおり、毎日、私は彼女たち全員の間をめぐり、しかも[順繰りに]夜を約束した妻のもとで寝るのが習わしであった〉(『大旅行記 6』)


 妻の一人に対して、〈性的まじわりでのあしらい方の見事さ〉を絶賛しているくだりもあり、まるでそれ中心の生活であったかのようです。

 イスラム社会は(江戸時代までの日本の一部がそうであったように)一夫多妻制を是としてきました。

 実際、コーラン(クルアーン)にはこうあります(日本ムスリム協会「日亜対訳・注解 聖クルアーン」)。

 〈……あなたがたがよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ。だが公平にしてやれそうにもないならば、只1人だけ(娶るか)、またはあなたがたの右手が所有する者(奴隷の女)で我慢しておきなさい〉

 中には、〈妻はあなたがたの耕地である。だから意のままに耕地に赴け〉という記述もあり、男性主導で〈性的まじわり〉もしていいとも解釈できます。〈男は女の擁護者(家長)である〉という箇所を取り上げて、男尊女卑の思想を見出すのも容易いでしょう。しかし、現代社会の基準で批判しても、何の進展もありません。

 むしろ、バットゥータの旅を通して私が唸らされたのは、宗教的行為と、世俗的行為が、何の矛盾もなく重ね合わされているということでした。例えば、仏教の修行僧やカトリックの神父は、非世俗的な存在です。イスラム教の聖職者的存在は、ウラマー(法学者)ですが、彼らは信者と同列であり、特別な縛りや戒めはありません。

 『大旅行記』が読み物として面白いのは、実は極めて世俗的だからなのです。それはイスラム教の特徴であり、信者が増え続ける「強み」でもあるのでしょう。

本を読む

『大旅行記 5、6』(イブン・バットゥータ著、イブン・ジュザイイ編 家島彦一訳注)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代 ・ 舞台14世紀のアジア(インド、モルジブ、スリランカ、インドネシア)
読後に一言イスラム教の「世俗性」は寛容にも通じます。攻撃をしかけない限り、という但し書きがつきますが。
効用インドやスリランカなど、この当時の風俗がよくわかります。
印象深い一節

名言
私は、俗世に未練を残しているために、怠惰な気持ちが湧いてくるのではないかと思い、この際、私の所有していた大小一切のものを手放すことにした。(5巻第17章「イブン・バットゥータのデリー滞在」)
類書マレー人のイスラム教徒の自伝『アブドゥッラー物語』(東洋文庫392)
スマトラにあったイスラム王国の説話集『パサイ王国物語』(東洋文庫690)
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