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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 299

『ハーフィズ詩集』(ハーフィズ著、黒柳恒男訳)

2010/11/18
アイコン画像    イランで600年以上も暗誦されてきた、酒&美女をこよなく愛す、大詩人の本邦初訳詩集。

 先日、テレビで人気上昇中のIキャスターに会う機会があり、最近の世界情勢を伺ったのだが、注目地域として「イラン」の名前を挙げていた。アフマディネジャド大統領がしきりとイスラエルを挑発することもあって、イランの核施設をイスラエルが爆撃するんじゃないか、という話。欧州では信憑性の高い説らしい。

 というわけで(急に飛躍しますが)、〈ハーフェズほどイラン人の諳(そら)んずる詩も類を見ない〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)と評判の、『ハーフィズ詩集』を紐解いてみた。

「世界文学大事典」によれば、現地発音では「ハーフェズ」。本名を「ハーフェズ シャムソッディーン・モハンマド」という14世紀の抒情詩人で、〈不思議の舌〉〈神秘の翻訳者〉と称されるという。

 〈ゲーテがこの詩人の作品と出合って大きく影響を受け,『西東詩集』を生み出し,これがヨーロッパ文学に東洋を紹介するかけ橋となったことは有名である〉(同前)

 これは! と期待しながら中身をみてみると……。目につくのは「酒」だの「愛」だの「美女」だの、そんな言葉ばかり。本名からもわかる通り、イスラム教徒である。酒も愛も禁句だろ、と思ったら……なんと、王にも民衆にも愛され(5年ほど不遇の時代はあったが)、不問。

 で、こんな詩なのである。


 〈酌人(サーキー)よ、起きて酒杯を私に渡し/日々の悲しみに土をかけよ/(中略)/酒をくれ、高慢の風をいつまで吹かす/つまらぬ欲望には土をかけよ〉


 「土をかけよ」とは、「忘れてしまおう」のペルシャ風言い回しだが、どうです? 暗誦したくなるのがわかるような、素敵な世界ではありませんか?

 研究者によれば、彼の詩は象徴詩なので、酒=神秘主義的な愛、美女=神、とそれぞれ置き換えるような解釈も可能だという。あまりにも多義的に読めるので、イランでは、〈中世以来「ハーフィズ占い」としても用いられ〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)るそうだ。

 と考えると、“象徴詩を愛誦するイラン”の大統領の発言なのだから、別の真意がある……とするのは深読み過ぎか。


 私は酒杯を傾けながら、字義通り味わうことにする。


 〈一合入った酒杯を飲みほせば/心から悲哀の根を抜きとれよう/酒杯の如く心を広く持て/いつまで酒壷の如くふさぐのか〉


本を読む

『ハーフィズ詩集』(ハーフィズ著、黒柳恒男訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台14世紀イラン(ペルシア)
読後に一言長いものに巻かれぬために、「酒」を愛すとは! 酒との新しいつきあい方を教えられた。
効用路地裏の酒場に足を運びたくなります。
印象深い一節

名言
親しき友はどこにも見当らない/わが心は悲哀に苦しむ、酌人(サーキー)はいずこ
類書同時期のペルシアを旅行『大旅行記(全8巻)』(東洋文庫601ほか)
イラン中世の道徳書『薔薇園(グリスターン)』(東洋文庫12)
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