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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 67

『維摩経 不思議のさとり』(石田瑞麿訳)

2015/02/26
アイコン画像    聖徳太子も愛読した!?
大乗仏教の経典にまなぶ

 宗教が争いの引き金となる時代になった。

 日本人は自分たちを無宗教だと思っているが、神社に初詣に行き、仏式で葬式をあげる習慣そのものは、極めて宗教的だ。他宗教のあれこれを言う前に、私たちは仏教や神道についてもっと知ったほうがいいのでは?

 というわけで、『維摩経(ゆいまきょう)』です。あの聖徳太子が撰述して『維摩経義疏(ゆいまきょうぎしょう)』という注釈書がつくられたと言われていますが、早くに日本に入ってきた、〈大乗仏教の般若・空の思想を基本に、大乗菩薩の実践道を挙揚した代表的経典〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)です。

 経典といっても、『ソクラテスの弁明』のように対話で進みます。主人公は維摩。インドの大富豪で、在家の徒です。ある時、病にふせてしまい、心配した仏が、弟子や菩薩を見舞いに行かせようとします。ところが、皆、維摩に論破された経験を持っていて、尻込みして行こうとしない。そこで文殊菩薩が任命され、維摩の元に乗り込みます。で、対話を始めるわけですが、これが実にスリリング! お互い、相手に切り込んでいきます。

 クライマックスは、「不二法門」(ふにほうもん;生と死、有と無など、相反する2つをこえた、絶対平等の境地)についての討論。「面白そうだ」とゾロゾロついてきていた他の菩薩がそれぞれ「不二法門」論を展開します。トリは文殊。


 〈すべてのものにおいて、言葉もなく、説くことも示すことも認知することもなく、一切の問いと答えを離れることが、絶対平等の境地にはいることだと思います〉


 文殊は維摩に「次はあなただ」と促しますが……。


 〈維摩はただ黙然として、一言もいわない〉


 それを見た文殊はすぐに感じ取ります。


 〈素晴らしい。本当に素晴らしい。ほんの僅かな、文字〔一つ〕言葉〔一つ〕もない、これこそ、絶対平等の境地にはいることです〉


 禅問答のようなオチですが、いわゆるこれが、『般若心経』の「色即是空 空即是色」の“空”なのでしょう。

 維摩は妻子ありの成功した商人です。何かを犠牲にし、修業に励んだわけではありません。しかし、菩薩も敵わない境地に達した。つまり、どの立場でも悟りに達することができるし、その逆も真……。難しいですね。

 仏教がキリスト教やイスラム教ほど広がらなかったのは、仏教が救済の宗教ではなく、本質的に思考する宗教だからかもしれません。

本を読む

『維摩経 不思議のさとり』(石田瑞麿訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教
成立した時代

舞台
2世紀ごろ・インド
読後に一言維摩は、〈罪の報いを受ける迷いの世界(非道)に行く〉ことこそ〈さとり〉だとも言っています。罪にも穢れにもとらわれないぜ、ということなのでしょう。
効用レベルの高い討論です。そのやりとりは刺激的です。
印象深い一節

名言
(文殊から病について尋ねられて)無知な愚かさ(痴)とものに対する貪りの心(有愛)とから、わたし(維摩)の病気が生じました。(第五章病の訪問)
類書仏教徒とギリシャ人との対話を綴った仏典『ミリンダ王の問い(全3巻)』(東洋文庫7ほか)
「維摩経」訳者としても知られる三蔵法師のインドへの旅『大唐西域記(全3巻)』(東洋文庫653ほか)
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