1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
社会変動の中で歌われた「リアル」 唐詩の“言葉”をとくと味わう(2) |
「世界文学大事典」(ジャパンナレッジ)の受け売りですが、唐詩における李白・杜甫時代(盛唐)の次に、「中唐」がやってきます。歴史的には、〈大きな社会的変動の時期〉(「世界文学大事典」、「唐詩」の項)で、唐詩も転換期にあたります。この時期の詩人で、日本人に最も馴染みが深いのは、白楽天こと白居易でしょう。その白居易の親友で、〈〈元白〉と並称され〉(同前、「元稹」の項)たのが、元稹(げんじん)です。この二人は、〈元和(げんな)体〉という新しい詩風を形成しましたが、後世に〈元軽白俗〉(元稹と白居易は軽くて俗っぽい)と否定されます。しかも、〈性格的には軽佻(けいちょう)浮薄、猜忌(さいき)などと評され〉たそうですから散々です。
この元稹の詩が、『唐詩三百首 2』に掲載されています。元稹は30歳の時、最愛の妻を亡くすのですが、その時のことを詠んだ歌です(「悲懐を遣る 三首」)。奥さんは、〈我れが 衣無きを顧みて藎篋(じんきょう、衣装箱)を捜り……〉(その一)というできた人でした。
〈昔日戯言(ぎげん)す 身後の事/今朝(こんちょう)都(すべ)て眼前に到り来たる〉(その二)
元稹は奥さんと冗談で、死んだ後のことを語り合います。そのことを元稹は思い出します。こうした諸々の出来事を思い出すことが、〈哀し〉と元稹は歌います。
〈閒坐(かんざ)して君を悲しみ亦自ら悲しむ〉(その三)
静かに座って妻のことを悲しんでいると、自分自身が悲しくなってくる、と元稹は嘆きます。
〈平生(へいぜい)未だ展(の)べざりし眉に報答せんとす〉(その三)
生前、眉の開かなかった(心が楽にならなかった)妻の苦労に報いたい、と元稹は歌を終えます。
口語訳を見ずとも、何となく内容の分かる平易な歌です。しかし、ここに描かれる悲しみは、簡単に拭えるものではありません。ここには、元稹にしか書けない“リアル”があります。
李白の〈会ず須らく一飲三百杯なるべし〉(「将進酒」『唐詩三百首 1』)に代表されるように、盛唐の詩は、やや大袈裟です。スケールの大きさがある。
〈楚江 微雨(びう)の裏/建業(南京) 暮鐘(ぼしょう)の時/漠漠として帆来たること重く/冥冥として鳥去ること遅し)
中唐を代表する韋應物の「暮雨を賦し得て李曹を送る」です。これもまた、情景が“リアル”です。
変革期の中唐は、個人的なリアルを追い求めた――中唐の詩には、そんな“言葉”で溢れていました。
ジャンル | 詩歌/評論 |
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編纂された時代 ・ 舞台 | 18世紀中ごろ/中国 |
読後に一言 | 現代社会もそうですが、変動期にあると、個人的な世界に耽溺しがちなのでしょうか。しかし個人のリアルを追求するからこそ「社会の姿」が見えてくることも、また真です。 |
効用 | 王勃や沈佺期など、2巻には、「初唐」(盛唐の前)の詩人たちも収録されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 去年 花裏(かり) 君に逢うて別れ/今日 花開いて又一年(去年花咲くころ君達と逢って別れたが 一年経った今日もまた花が咲いている)(韋應物「李儋(たん)、元錫に寄す」) |
類書 | 中唐を代表する白居易の詩集『白居易詩鈔』(東洋文庫52) 唐の夜の文化『教坊記・北里志』(東洋文庫549) |
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(2024年5月時点)