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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 89

『今昔物語集2 本朝部』(永積安明・池上洵一訳)

2015/05/07
アイコン画像    貧乏、不運……そこから抜け出すには?
3週連続「今昔物語集」~その2

 このジャパンナレッジのトップページの右下に「他の読み物を読む」とありますが、そこをクリックすると「知識の泉」に移行します。ま、さまざまな読み物があるわけですが、その中のひとつに「古典への招待」があります(「新編 日本古典文学全集」の付録を再録したものですが、コレ、結構な読み応えです)。せっかく『今昔物語集』を読んでいるわけですから、目を通してみたのですが、こんな記述を見つけました。


 〈『源氏物語』の世界は閉じられた社会の、狭い発想から作られた物語であるのに対して、『今昔』の世界は広い社会のあらゆる階層の人々の行動を写したものである〉(馬淵和夫「『今昔物語集』のおもしろさ」)


 あらゆる階層――具体的にはどういうことでしょう? 『今昔物語集2』収録の巻16は、『源氏物語』には登場しない人々――貧乏人を主人公にした説話だらけです。ここ最近の日本では、貧乏は自己責任、負けたヤツが悪いということになるのだろうけど、『今昔物語集』では違う。両親の死、重なる不幸……本人の与り知らぬ因果で貧乏になる。貧乏人はどうするか。トリクルダウンを待って口を開けているわけでも、ひたすら働くわけでもない。神仏にすがるのです。例えば、「長谷の観音に仕えまつる貧しい男、金の死人を得る語(こと)」(16-29)

 男は官位の低い侍で、頼る主人もいない。いわば無職。観音様にすがるしかない、と京都から奈良の長谷寺まで徒歩でお参りをする。しかもささやかな願いです。


 〈望んでもかなえられない官位を望み、また限りない富貴を得たいと申してはむずかしいでしょうが、ただ少しばかりのたよりを与えて下さいまし〉


 ところがまったく御利益がありません。妻からも「あなた、やめたら?」と言われますが、男は「いや、3年は我慢する」と参詣を続けます。3年が経とうとした年の瀬、さすがに男も、〈前世の果報なので観音のお力の及ばぬことでしょう〉と泣き泣き家に戻ります。

 その帰り道、男は役人に捕まり、「死人を捨ててこい!」と命じられます。御利益どころか、災難です。あまりに死体が重いので妻の手を借りようと、家に持っていくと……。タイトルのオチとなるわけですね。

 金運、異性運……なんでも観音様にすがるのもどうかとは思いましたが、トリクルダウンより夢や希望のある話ではないでしょうか。

本を読む

『今昔物語集2 本朝部』(永積安明・池上洵一訳)
今週のカルテ
ジャンル説話
発表年 ・ 舞台平安末期の日本
読後に一言いわゆる「わらしべ長者」の元の話も本書に収録されています(16-28「長谷に参る男、観音の助けにより富を得る語」)
効用日本の物語の原型が、この中にあります。そして、物語の中の人々は、いきいきとしています。
印象深い一節

名言
(修行中に観音様に念じるに)「南無銅銭万貫白米万石好女多得(なもどうせんまんがんはくまいまんごくこうにょたとく)」(16-14)
類書日本の昔話、その1『日本お伽集(全2巻)』(東洋文庫220、233)
その2『日本昔噺』(東洋文庫692)
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