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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 96

『今昔物語集3 本朝部』(永積安明・池上洵一訳)

2015/05/14
アイコン画像    平安末期の男性週刊誌的存在!?
3週連続「今昔物語集」~その3

 男子高に入りたての頃、通学途中の土手に落ちていた裏本を拾い上げ、学校に持っていったところ、一躍ヒーローになった経験があります。「おい、いいものを見つけたんだけど……」とささやく感覚。あの共犯的背徳感はたまりません。……と、こんなしょうもない枕を振ったのは、まさに最近、似たような経験をしたから。ジャパンナレッジのスタッフN氏がニヤニヤ近づいてきて、「今昔物語でイイもん、見つけたんですよ」と『今昔物語集3』の「陽成院の御代に滝口、金の使に行く語(こと)」(巻20-10)のページを指さしてみせたのです。

 この説話、主人公は道範という武士で、東北へ行く道中、信濃の郡司の家に家来ともども宿泊します。その夜、寝付かれない道範が家の中をウロウロしていると……。おわかりですね? 寝ているんです。20代の美女(郡司の妻)が! さあ、あなたが男ならどうする?

 〈道範は自分の着物を脱ぎすてて……〉


 裏本ならばここからが見せ所ですね。『今昔物語集』はそんな道範にとっておきのオチを用意します。


 〈男はまら(まら)がかゆいような気がしたので、前をさぐってみた。すると、あるのは毛ばかりで、まらがなくなっている〉

 困った道範は、8人の家来を次々とそそのかし、女の元に送り込みますが、皆、道範と同じ目にあってしまいます。翌朝、道範が慌てて出立すると、郡司の家来が走ってきて道範に包みを渡します。


 〈何かと思って開いてみると、松茸を包み集めたように、男のまらが九つ入っている〉


 N氏はここでいっそうニヤついたのでした。不覚にもニヤリとしてしまった私は、ン十年ぶりに共犯的背徳感を覚えたのです。

 さて道範の物語は続きます。郡司を問いただすと、実は郡司もかつて女に夜這いをかけ、まら(まら)を失い、それを機に術を習ったのだと言います。道範もまた、郡司に術を習い……という何ともくだらない艶話です。

 この男性週刊誌的なくだらなさ! 実はこれこそ、『今昔物語集』の一断面ではないか、というのが今回の見立て。なぜならばここには、金銭欲、性欲……欲がらみの失敗談が溢れています。いわば実録モノというわけです。

 欲(特にエロ)を放出し、行き過ぎれば笑う。健全です。現代社会の閉塞感は、絆だ仲間だと建前を振りかざし、欲を覆い隠してしまっているからかもしれません。

本を読む

『今昔物語集3 本朝部』(永積安明・池上洵一訳)
今週のカルテ
ジャンル説話
発表年 ・ 舞台平安末期の日本
読後に一言3週連続で「本朝仏法部」を読んできましたが『今昔物語集』はひとまず修了。「本朝世俗部」や「天竺部」はまた次の機会に。)
効用天狗や龍など、『今昔物語集3』では怪異も活躍します。
印象深い一節

名言
聖人であっても、知恵のない者は、このようにだまされるものだ。(20-13)
類書艶話を多く載せる日本の笑話集、その1『醒睡笑』(東洋文庫31)
その2『昨日は今日の物語』(東洋文庫102)
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