1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
あなたも“嫉妬”に狂ってみたい? イラン文学の傑作、悲恋の宮廷ロマンス |
〈嫉妬はつねに、恋とともに生まれる。しかし、必ずしも恋とともに死にはしない〉
寺山修司の『ポケットに名言を』(角川文庫)の中で見つけた言葉。どす黒い感情を無意識に抑え込んでいるということなのか、はたまた燃えるような恋をしていないということなのか、私はこの“嫉妬”がピンとこなかったのですが、『ホスローとシーリーン』を読んで、納得しつつ、何やら寒気がしました。
本書の恋愛叙事詩は、ササン朝の王ホスロー2世とアルメニアの王女シーリーンの“恋”を中心に展開するのですが、この恋がやっかいなのです。
お互いの立場をわかったあとでの出会いのシーン。
〈彼らは目から涙が零(こぼ)れるほどに視線をからめ合せた〉
少女マンガ顔負けです。しかし“恋”はそう簡単に成就しません。『ロミオとジュリエット』しかり、古今東西、恋に障壁はつきもの。この二人の恋も引き裂かれます。で、失意の中、ホスローは別の女性マルヤムと結婚、シーリーンは新たな恋に落ちる。ところが、恋敵の存在を知ったホスローは嫉妬でもだえ苦しみます。そこで、恋敵ファルハードを召し出し、金で手を引かせようとしますが失敗。話し合いも決裂。結局、山を穿って道をつくれ、というとんでもない命令を下し、シーリーンから引き離します。しかもファルハードに「シーリーンは死んだ」という偽情報を流し、彼を自死に追い込んでしまうのでした。時を同じくしてマルヤムも死去。
恋敵はすべて消え去り、ホスローとシーリーン、愛を誓い直すかといえばそうではありません。浮気、口論……。シーリーンの口からは、〈あなたの心は岩、私の魂は鉄です〉という言葉も飛び出します(8章に渡って続く、「ホスローとシーリーンの諍い」は本書の見所のひとつ)。
それでも運命の二人です。紆余曲折ありながらも、愛を確認し、婚礼を済ませます。ところが……。
マルヤムとの間にできたホスローの息子、シールゥエがシーリーンに横恋慕。嫉妬の余り、父ホスローを殺してしまうのでした。物語はシーリーンの自殺で幕を閉じます。“嫉妬”が引き起こした因果応報です。
〈読者よ、この世とは酷薄な無頼の徒、心を許してはならぬ。世は誰にも忠義だてはせぬもの〉
と作者は結ぶのですが、身も蓋もありませんね。
ジャンル | 文学 |
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発表年 ・ 舞台 | 12世紀のイラン |
読後に一言 | 嫉妬は恋愛の中だけにあるのではありません。同性同士の嫉妬もまた、やっかいなものです。 |
効用 | もしあなたの心の中に少しでも種火が残っているのなら、途端に“恋”がしたくなるでしょう。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 世の喜びとはむず痒さに似て、始めは掌に快意を覚えるが、ついには火を置かれたようになるものだ。世の酒杯にせよ酔いのはじめはまことに楽しく、ついには悪酔いで正体不明となる。(四十三章「王妃の遺言」) |
類書 | ニザーミーの悲恋叙事詩『ライラとマジュヌーン』(東洋文庫394) 本書に大きな影響を与えた英雄叙事詩『王書』(東洋文庫150) |
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