1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
平安の昔から“悪いことは妖怪のせい” 3週連続「今昔物語集」Ⅱ~その2 |
息子のゲームソフトを強引に借りて、『妖怪ウォッチ』をやってみましたが、なるほど、「何かよくないことが起こったら、妖怪のせいにする」という世界観が共感されているんですね。そりゃ子供にとっては生きにくい時代ですからね、「妖怪のせい」にしたい気持ちはよくわかります。
何かよくないことが起こったら、妖怪のせい……。この考え方、何も『妖怪ウォッチ』の専売特許ではありません。『今昔物語集5 本朝部』にもそうした話がゾロゾロ出てまいります。
「在原業平中将の女、鬼に噉(く)われる語(こと)」(27-7)なんて寒気がします。在原業平はご存じ、平安のプレイボーイ。〈たいへんな色好みで、世にありとある女で美人と聞くものには、宮仕えの女であろうと人の娘であろうと、一人残らず思いをとげようと考えていた〉というのですから、何かを間違っています。で、この業平がある女性に懸想するのですが、親のガードがきつくて手が出せない。しかしさすが業平。隙を突いて、女をさらってしまう。
二人は田舎のあばら屋(倉)に隠れます。ところがそこに稲光。当時、雷は非常に恐れられていましたので、業平も刀を抜いて寝ずの番をします。そして朝――。
〈女が一言もいわないので、不審に思った中将(業平)がふり返って見ると、女の頭と着ていた衣だけが残っている。中将はあきれはてて、恐ろしさのあまり、着る物も取りあえず逃げ去ってしまった〉
結論。〈倉に住む鬼のしわざだったのだろうか〉。今の世なら、もっと恐ろしいオチがつきそうですが。
こんな話もあります(「産する女、南山科(やましな)に行き鬼に値(あ)い逃げる語」(27-15))。ある女が懐妊するのですが、未婚の母。屋敷仕えの身なので、勝手に生むわけにもいかず、山深くわけいって出産することにします。で、がけのそばの山荘の白髪の老婆の親切にすがり、そこで男の子を生み落とします。ところが……。
〈女が昼寝をしていたところ、そばに寝かせていた子供を老女が見て、「なんとうまそうな。ただひと口じゃ」という声がかすかに聞こえたような気がした〉
女は子供と逃げ出し、〈そのような所に一人で立ち入ってはならない〉という結論。おかしいですよね? だって〈聞こえたような気がした〉だけなんですから。親切を踏みにじって、鬼のせい。逃げ出す別の理由があったのではと勘ぐってしまいます。
都合が悪くなると鬼や妖怪――つまり「誰か」のせい。これって、連綿と続く日本人のメンタリティなのでしょうか。
ジャンル | 説話 |
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時代 ・ 舞台 | 平安末期の日本 |
読後に一言 | 会社のせい、上司のせい、社会のせい、親のせい……。考えてみれば、本当に誰かの「せい」にしてばかりです。反省。 |
効用 | 巻二十八には、芥川龍之介の『鼻』の元になった話など(名言参照)、笑い話が数多く収められています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | さて、この内供は、鼻が長く、五、六寸ばかりもあったので、あごよりもさがって見えた。色は赤紫色で、大きな柑子の皮のようにぶつぶつと粒立って、ふくれていた。(28-20) |
類書 | 河童の話も収録する柳田国男の『増補 山島民譚集』(東洋文庫137) 妖怪話も収録『南方熊楠文集(全2巻)』(東洋文庫352、354) |
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(2024年5月時点)