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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 301

『中国の医学と技術 イエズス会士書簡集』(矢沢利彦編訳)

2015/07/02
アイコン画像    漢方に工芸に……時々エロ?
イエズス会士の清朝レポート

 まずはこの文章をお読みください。


 〈各国民が自分のこと、自分の国、自分の言語、自分の才能をよく思っています。しかもそこにとどまっているわけではないのです。その上さらに他の国民たちは同じような優秀性をもっていないと確信しています。そして無遠慮に互いに野蛮人という名を与え合っています〉


 これは、『中国の医学と技術 イエズス会士書簡集』の一節です。「イエズス会士書簡集」というサブタイトルからもわかる通り、中国(清朝)にいるイエズス会士の手紙の一部分です。どうです、鋭い指摘だと思いませんか?

 どういうシチュエーションかと申しますと、清朝第4代の康熙(こうき)帝の命で、フランス人宣教師パランナンは西洋の書物を満州韃靼語に(あるいはその逆)翻訳しています。そこに皇子が噛みつくんですね、オレたちの言葉(=文化)のほうが優れている、と。

 で、件の文章になります。これは非常に考えさせられる言葉です。現在の日本もしかり。ヘイトスピーチも、嫌韓論も嫌中論も、どこかで自分たちの優位性を信じたいがためなのでは? いや、「優位性がある」と信じたい人間が、「日本を取り戻す」というフレーズにすがっている、といえるかもしれません。

 宣教師たちは違います。異教徒に対する蔑みはややありますが、それでも素直に、中国の医学や科学、技術――例えば漢方薬や工芸に対して賞賛を送ります。


 もちろん中にはとんでもないレポートも。

 ある錬金術師の話です。この男、田舎の富豪をたらしこみ、実験室を作らせます。で、この部屋に穢れがあってはいけない、と最初に念を押す。富豪から大金を出させ、実験に勤しむのですが、突然、母が死んだという報せ。錬金術師は家に帰ります。残されたのは助手の女。これが今でいう橋本マナミのような女性なわけです。富豪が実験室を覗くと、そこには「愛人にしたいNO.1」がいる。しかも女は、〈老人の情熱をかき立てる〉。起こるわけです、いけないことが。で、頃合いを見計らって錬金術師が戻る。


 〈一切が駄目になっている。これこそ実験室が恥ずべき行為によってけがされたという確かな証拠だ〉


 と富豪を脅し、見事、錬金術師と女は大金をせしめる、という話。こういうしょうもないエロ話もせっせとレポートにして送っていたのです。こういう“余裕”が、他文化理解には必要なのかもしれませんね。


本を読む

『中国の医学と技術 イエズス会士書簡集』(矢沢利彦編訳)
今週のカルテ
ジャンル技術/宗教
時代 ・ 舞台1700年代の中国(清朝)
読後に一言異文化との出会いは、受け手にとって大きな果実をもたらすものなのですね。
効用食事や嗜好品に関するレポートもあり、清朝の風俗がよくわかります。
印象深い一節

名言
わたしはわたしが実際に見たことしか申しませんから、あなたは極めて確かなことを信頼するように、わたしが書きますことを信頼してよろしいのです。(第三書簡)
類書本書の本編にあたる『イエズス会士中国書簡集(全6巻)』(東洋文庫175ほか)
ザビエルが見た日本・アジア『聖フランシスコ・ザビエル全書簡(全4巻)』(東洋文庫579ほか)
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