1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「金いうもんはどすなあ……」 アラビアの寓話に学ぶ、人間の強欲。 |
これから紹介する『カリーラとディムナ』は、中世ペルシャ(イラン)の著述家イブヌ・ル・ムカッファイ(イブン・アル・ムカッファアとも)の作品で、〈インド説話集『パンチャ・タントラ』に起源を発する〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)とされています。権力者に知恵を説くための物語で、これらを〈〈アダブ文学〉(王公の教養のための文学)〉(同前)と言うんだそうです。
これ、何が驚くって、訳がね、すごいんです。
物語自体は、王が王室付哲学者に問いを発し、哲学者は動物が主人公の説話を語り、その動物たちがまた話を語る、という複雑な構造なのですが、まあ、寓話集と思ってください。
そのひとつに、あるねずみの話が出てきます。このねずみ、どんな高いところにある籠にも飛びつき、食べ物をゲットするという特技を持っていました。当然、その家の人は困っているわけですが、ある時、客人がこの悩みを解決します。客は「何か理由がある」と見破るんですね。そしてねずみの穴を掘ってみると、1000枚の金貨が出て来た。
〈これや、この金貨がおすからや(中略)。金いうもんはどすなあ、力もええ知恵もふやしてくれるようにでけてんのんどすなあ。今日からそいつの力ものうなって、今までみたいな芸もでけへんし、朋輩をしのぐいうこともなくなるんどっせ〉
なぜ京都弁?(ちなみに訳者は青森県生まれ)。私はひとり、爆笑してしまったのでした。
この客の指摘は、しかし正鵠を得ています。実際、このねずみは自信を喪失し、エサを獲得できなくなってしまいます。
〈お金を持たなければ、支持者も友達も家族もついて来ない。お金がなくなれば、威厳も明敏さも愛情も消え失せてしまう〉
と嘆くのです。ねずみは力の源泉=金貨を取り戻そうとしますが、客に撃退されてしまいます。
そしてねずみは気づくのです。
〈世の中の凡(あら)ゆる不幸をもたらす物は貪欲と飽くことを知らない渇望であり、それは人間をはてしなく疲労の中に追い込むものだということが分かりました〉
最近の日本は、何事にも「経済優先」ですからねぇ。いわば、かつてのねずみです。貪欲のあまり、日本全体が追い込まれないことを願うばかりです。
ジャンル | 文学 |
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成立した地域 | 700年代のイラン |
読後に一言 | ねずみの話はこのあと、亀が知者の話として、いいことを言うんです。〈束の間に過ぎ去る儚いもの〉として次の物を列挙します。雲の影、悪人の友情、女の恋心、嘘つきの口から出る讃辞、そして巨万の富……。確かに儚いですねぇ。 |
効用 | 昔話の「ねずみの嫁入り」と同様の話が、本書にも収められています(第四章「少女に変身した二十日ねずみ」)。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 知識は、行動を伴わなければその存在を全うしない。(序章) |
類書 | アラビア語文学の傑作『アラビアン・ナイト(全18巻)』(東洋文庫71ほか) 「猿と亀」など同様の話を収録『今昔物語集8天竺部』(東洋文庫374) |
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