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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 379

『今昔物語集9 震旦部』(池上洵一訳注)

2015/09/10
アイコン画像    「般若心経」にみる日本人の宗教
2週連続「今昔物語集」Ⅲ~その1

 先日、『一神教と国家』(内田樹×中田考/集英社新書)を読んでいて、改めて「日本人にとって宗教って何?」と考えてしまいました。例えば文化庁の『宗教年鑑』(平成20年版)を見ると、日本人の神道系信者は約1億582万人、仏教系は8954万人、キリスト教系が214万人、その他が908万人。しめて2億659万人という宗教大国(!)です。だって信者数が人口のほぼ倍なのですから。

 つい何日か前に知り合いの葬儀に参列しましたが、当然、仏式です。イスラム教徒が1日5回の礼拝を習慣としているように、仏式の葬儀もいわば習慣なのです。きっと他国の人が葬式を見れば、「なんて信心深いんだ!」と驚くことでしょう。ま、そうしたものです。

 日本人の信心深さは、「写経」がブームになっていることからもわかります(たしか女性ファッション誌で特集していましたよね?)。だって老若男女、『般若心経』を写しているんですから。『般若心経』、と言われてピンと来る。これもよくよく考えたらヘンですよ?

 枕が長くなりましたが、というわけで、今回のテーマは『般若心経』です。このお経がメジャーなのは、主立った宗派のほとんどが大事なお経と捉えているからです(ただし日蓮宗と浄土真宗は用いていない)。この『般若心経』伝来の経緯が、『今昔物語集9 震旦部』に登場します。「震旦」とは中国のことで、中国に仏教が入ってきたあたりの説話をメインにしています。

 玄奘三蔵(三蔵法師)は、仏法を求めてインドへ行く旅の途中、全身に皮膚病を患う女性と出会います(巻6-6)。膿を吸い取れば治る、と聞いた玄奘三蔵。


 〈同じ不浄の身でありながら、自分を浄(きよ)いと思い、他人をきたながるのは、きわめて愚かなこと〉


 と〈はらわたが煮えかえって気絶しそう〉な臭いに我慢しながら、吸っては吐き、舌で舐めていくと、どんどん皮膚が奇麗になっていく。すると突如、女性は観世音菩薩にかわり、ありがたいお経=般若心経を伝授した、というお話。実際玄奘が訳したのは「大般若経」で600巻あり、「般若心経」はそのダイジェスト版というのが定説です。

 他にも般若経の功徳で人が生き返ったり、鳩が人に生まれ変わったり、雨を降らせたり、と「奇跡」が強調されています。と考えると、21世紀の写経ブームも、心のどこかで「霊験」を期待している? 日本人の宗教観は、行為ではなく、期待が主なのかもしれません。



本を読む

『今昔物語集9 震旦部』(池上洵一訳注)
今週のカルテ
ジャンル説話
成立した時代
 ・
場所
平安末期の日本
読後に一言中国に仏教が入ってきた時、それが“異教”であったことがよくわかります。
効用「今昔物語集」の「震旦部」の訳としては、本書が本邦初だそうです。
印象深い一節

名言
般若経を受持したり、読誦し書写したりしている人のところには、必ず天人が来て守護しているのだと知るがよい(7-7)
類書玄奘三蔵の大旅行記『大唐西域記(全3巻)』(東洋文庫653ほか)
仏教と道教の6世紀までの中国通史『魏書釈老志』(東洋文庫515)
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