1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「わかった気になる」日本人の思考のクセ 2週連続「今昔物語集」Ⅲ~その2 |
「今昔物語集」を読んでいて痛切に思うのは、これが編まれた1000年前の日本と、現代の日本が、「つながっている」ということです。感じ方、というんですかねぇ。もちろん違いもありますが、共通する感覚のほうが多いように思います。『今昔物語集10 震旦部』には、仏教説話と趣の異なる、「震旦・国史」という巻が入っていますが(巻10)、これなんてまさにそうです。
〈たとえば複雑な事象を前にすると簡単に不条理と割り切ってそれ以上は追求せず、利欲ずくの損得勘定と単純な処世訓とに還元してわかったような気になる〉
これ、訳者の解説(『今昔物語集9 震旦部』収録)にあった分析で、これぞ「日本人の思考様式の底流」だと論を進めていますが、私も同感です。
例えば、孔子について。賢人として登場するのですが、そのエピソードが、なんというか……「浅い」のです。
垣根から首を出している馬を見た孔子は、呟きます。
〈あそこに牛が首を出している〉(巻10-9)
これね、ナゾナゾなんです。わかります?
〈暦の午(うま)という字の上を突き出して書けば牛という字になる〉
続いて荘子のエピソード(10-12)。荘子は山中で、大木を目にします。周囲の木を伐っている木こりに、その大木を伐らぬ理由を聞くと、「曲がっているから役に立たない」。荘子がある家に招待されて雁の料理を振る舞われます。主人は2羽の雁のうち、鳴かない方を殺します。これを受けて、荘子。
〈命を保つことは、賢とか愚とかの別によるのではなく、ただ自然にそうなるものなのだ〉
一方はダメだから助かり、一方はダメなので殺される。人生っていろいろあるよね、という諦観ですね。しかし、『荘子』の原典に同様の話があるので確認してみると、まったく結論は異なります。荘子は言います。
〈才能があるとかないとか、どちらにしてもそこに安らかな境地はない。ただ『道徳の郷(さと)――真実の道とその徳(はたらき)が生きている世界――』だけがある〉(金谷治訳注/岩波文庫)
世間のわずらいから自由になり、「道徳の郷」で生きなさい、というのが荘子の教えです。目の前の事象を突き抜けたその奥の真理を探究しようとしています。それが今昔では、「人生いろいろ」に変わってしまう……。日本人は昔から、思考することを放棄してきたんですかねぇ。
ジャンル | 説話 |
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成立した時代 ・ 場所 | 平安末期の日本 |
読後に一言 | 4月の終わりから不定期に連載していた「今昔物語集」ですが、これで完結です。 |
効用 | 有名な「王昭君」の肖像画の話(10-5)も、「賄賂を払わないヤツが悪い」というオチになっていて驚きました。 |
印象深い一節 ・ 名言 | されば、年寄りの言うことは信じなければならない(10-36) |
類書 | 唐に渡った僧侶の中国体験記『入唐求法巡礼行記(全2巻)』(東洋文庫157、442) 中国仏教の聖地『五台山』(東洋文庫593) |
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