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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 57

『長安城中の少年 清末封建家庭に生れて』(王独清著、田中謙二訳)

2015/10/08
アイコン画像    「革命前夜」に私たちは
何かを感じ取れるのだろうか

 例えば安保闘争、太平洋戦争開戦前夜、明治維新……。こうした「時代の境目」を、同時代に生きた人々は意識していたのだろうか。それとも、通り過ぎた後に、そこが岐路であったことを理解するのだろうか。

 時代の境目にいるかもしれない私にとって、このことは重要です。なぜなら、岐路を意識できるなら、選択することも可能だからです。

 王独清の『長安城中の少年』はまさに、清から中華民国にいたる「岐路」を生きた作家の自伝的小説(幼少から10代後半まで)です。詩人の王独清(1898~1940)は、官僚貴族の家系に生まれますが、やがて革命運動に身を投じていきます。その当時の状況を著者はこう振り返ります。


 〈わたくしの家庭がこのように封建の高い土塀でわたくしをとり囲んでいたにもかかわらず、わたくしは生まれながら新時代の怒濤をしたがえていた〉


 絶対君主の父親から偏った教育を受け、裕福でありながら、〈わたくしの精神は悲惨といってもよい暗黒にのしかかられて、せむしのようになっていた〉と著者は記します。そんな氏は、父母の死をきっかけに、学校に通うようになるのですが、級友からいじめを受けたりと、一筋縄ではいきません。このあたりの学園生活の記述は、別の面白さがありました。

 王独清はこのあと、学校とのいざこざをきっかけに退校し、放浪少年となっていくのですが、このころ、彼は時代をこう捉えていました。


 〈疑いもなく、このような時代の怒濤は、封建制の防壁をはげしく攻撃しつつあり、旧社会は崩壊しつつあったのだ〉


 10数年前を振り返った記述です。後付けで何とでも言うことはできるでしょう。ただそれでも、官僚貴族からの没落を味わった王独清は、〈時代の怒濤〉を感じ取っていたのではないでしょうか。その感覚は、やがて詩へと結実します。

 ここにはひとつの小さな救いがあります。王独清は一貫して、学ぶことを課してきた(課されてきた)少年でした。しかしゆえに、〈時代の怒濤〉を感じ取ることができた。だとするならば私たちも、学ぶことで岐路を意識することができるはずです。意識すれば、この先、道を誤らないのではないか。私はそう思いたいのです。



本を読む

『長安城中の少年 清末封建家庭に生れて』(王独清著、田中謙二訳)
今週のカルテ
ジャンル伝記/文学
時代 ・ 舞台1900年代前半の中国
読後に一言学園生活では年上の男の先輩から誘惑されるなど、意外な展開も待ち受けます。
効用時代の証人であることは間違いありません。革命前夜の空気が色濃く滲んでいます。
印象深い一節

名言
わたくしは歴史を研究し、いつも古代の歴史のなかから、眼前の政治変化とおなじすがたを探しだそうと考えた。(八)
類書半世紀前に初めて米国に留学した中国人・容閎の半生『西学東漸記』(東洋文庫136)
同時代に日本に留学した中国人・景梅九の半生『留日回顧』(東洋文庫81)
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