1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
27歳で夭折した詩人の“妖しさ” 秋の夜長に「鬼才」の詩を読む (1) |
オスカー・ワイルドは、友人のアンドレ・ジード(ジッド)に向かって、世界には〈現實の世界〉と〈藝術の世界〉の2つ存在する、と言ったといいます。
〈(芸術のことを)話さなくてはいけない。話さなくては存在しないものだから……〉
なぜ突然、19世紀末の作家ワイルドを思い出したかといえば、〈中国詩史の中でもほとんど孤立した位置を占め、鬼才と評される〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)、唐代の詩人・李賀の詩に触れたからです。
ワイルドは、人生=芸術でした。会話、振る舞い……すべてを用いて芸術を表現したのです(それゆえに生活には危うさがつきまといます)。そして李賀もまた、息を吐くように言葉=芸術を紡ぎます。私には二人が重ります。ワイルドがそうであるように、李賀の目を通すと、世界は妖しい輝きを発します。例えば、「天上の謡」。
〈天の河 夜 回転して めぐる星を 漂わせ
銀の渚に 流れる雲 水声を 模倣する
月宮の 桂の樹 花は まだ落ちず……〉
銀河鉄道に乗って天上世界を巡ってきた、という幻想的な設定で詠まれた詩です。全編紹介できないのが残念ですが、翻訳者の名訳もあいまって、これが唐代――1200年も昔の詩とはまるで思えないのです。
李賀の詩には、やはりどこか危うさがあります。男色を咎められて収監されたワイルドは、その数年後46歳の短い生涯を終えますが、李賀の生涯もワイルドに負けず劣らず寂しさがつきまとうのです。7歳で詩作をした早熟の天才・李賀は、唐を代表する知識人・韓愈の知遇を得ますが、周囲からの妬み、そねみで、科挙を受けられなくなります。後世、宋代の随筆集「南部新書」では、「李白を天才絶となす、白居易を人才絶となす、李賀を鬼才絶となす」と、李白や白居易に並びたつ詩人として李賀を評しますが、現実の人生は失意の連続。都で職につくも、病気になって帰郷します。
〈漢代の宝剣みたいに飛んでみせると ほざいた俺が
なんたること 病身を載せた車で帰郷とは〉(「城外での旅立ち」)
李賀は27歳で夭折します。一瞬のきらめきでした。
〈あらゆる芸術は、その伴侶として、孤独を必要とする〉
ジャンル | 詩歌 |
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時代 ・ 舞台 | 800年代の中国(唐) |
読後に一言 | 東洋文庫の『李賀歌詩編』は全3巻。1回で評するには手強すぎたため、3回連続で1冊ずつお届けします。 |
効用 | 翻訳は本当に素晴らしく、それだけで一読の価値あり。「ブラスバンド」という訳語も登場します。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 一冊のこの詩集 誰がいったい読んでくれ(「秋が来た」) |
類書 | “人才絶となす”白居易の詩集『白居易詩鈔』(東洋文庫52) “天才絶となす”李白の詩をおさめる『唐詩三百首1~3』(東洋文庫239ほか) |
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