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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 649

『李賀歌詩編2 独吟聯句』(李賀著、原田憲雄訳注)

2015/11/12
アイコン画像    三島由紀夫が惹かれる李賀の虚無
秋の夜長に「鬼才」の詩を読む (2)

 〈長安に男児有り/二十 心 已に朽つ〉


 本書注によれば、〈この初二句を、小説家の三島由紀夫が愛して、色紙などによく揮毫した〉そうです。『李賀歌詩編2』所収の「陳商に」という詩です。


 〈長安に ひとりの男/二十歳 心はすっかり朽ちはてた〉


 三島由紀夫はなぜ、李賀に心酔したのでしょうか。

 「世界文学大事典」(ジャパンナレッジ)によれば、〈(この二句は)近代的な青春のニヒリズムを先取するかに見え,詩人の内部に潜む狂熱と虚無とは,唐詩の枠を踏み越える強烈な個性的表現を生み,後世に大きな影響を与えた〉(「李賀」の項)のだそうです。ニヒリズム――あらゆるものの価値を否定的に捉えるわけですから、未来に希望を見いだせません。事実、李賀の詩はこう続きます。


 〈人生につまずいて/日暮れ ままよと酒を飲む〉


 「青春のニヒリズム」という言い方は言い得て妙で、こんなものに取り憑かれてしまったら最後、人生は孤独です。いくら将来が不安だろうが、世の中嘘ばかりだと思おうが、そこはグッと踏ん張らねばなりません。

 科挙も受けられず、仕事も上手くいかず、挙げ句、病気になる……。李賀の人生は散々でニヒリズムに陥っても致し方ないのですが、彼はなんとか踏ん張っているように私には思えます。例えば、下僕の少年との会話を対の詩にした作品。李賀は、下僕の少年に、優しく語りかけます(「昌谷読書―巴童に―」)。


 〈きみは 尾羽うち枯らしたぼくを憐れみ/辛苦しながら つき従っていてくれる〉


 少年の答えを李賀は詩にします(「巴童の答え」)。


 〈あなたが 楽府でうたわれなければ/誰にわかろう 深まる秋をあわれむことを〉


 ここには対話があります。心の交流がある。

 一方の李賀に心酔した三島はどうでしょうか。陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室に籠城し、バルコニーから演説した後、割腹自殺したのは有名な話ですが、その時の演説の途中、彼は聴衆に向かって叫びました。


 〈話を聞けっ! 男一匹が、命をかけて諸君に訴えてるんだぞ〉

 覚悟を決めて訴えているのに誰も聞いてくれない。対話を欲しているのに拒否される。対話なきゆえ、虚無に取り憑かれた――というのは言い過ぎでしょうか。



本を読む

『李賀歌詩編2 独吟聯句』(李賀著、原田憲雄訳注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌
時代 ・ 舞台800年代の中国(唐)
読後に一言卑近な例を挙げるなら、夫婦仲は「会話量」に比例するそうです。さあ誰かと“対話”しましょう。
効用「あなたとわたし」といった女性のとの“対話”を詠った詩も多くおさめられています。
印象深い一節

名言
ひと晩たったばかりで山をめぐって秋(「太行山に入る」)
類書唐代の詩聖・杜甫の名詩を講義する『杜詩講義(全4巻)』(東洋文庫 564ほか)
唐代の小説集『唐代伝奇集(全2巻)』(東洋文庫2、16)
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