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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 639

『閑板 書国巡礼記』(斎藤昌三著、紅野敏郎解説)

2010/12/16
アイコン画像    明治から昭和初期にいたるまでの、雑誌、書物、装幀を総ざらいする知的エッセイ。

 電子書籍が一般的になってくると、本の受容のされ方も、やはり変わってくるのだろうか。

 例えば「ジャケ買い」。ネット書店が隆盛になりつつある現在でも、「装幀」と売り上げは相関関係にある。素敵な装幀がすなわちベストセラーになるわけではないが、内容に即した装幀は、購買意欲をアップさせる。

 では、電子書籍では? 「装幀」は重要な情報として存在し続けるのだろうか。「ジャケ買い」をこよなく愛す私は、そのことが実はいちばん気になるのである。


 そこで、『閑板 書国巡礼記』である。

 著者は、“明治物の書痴三尊の第一”といわれる、書物研究家の斎藤昌三。「書痴」とは、〈読書ばかりして、他を顧みない人を悪くいうことば〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)だが、極めてしまったので、「三尊の第一」というわけ。氏は、日本が国際連盟を脱退した昭和8年に、書物を巡るエッセイを(半ば時局に対する皮肉で)出す。それが『閑板 書国巡礼記』なのだが、この中の「装幀ばなし」が、非常に面白いのである。

 例えばこんな分析。


 〈……装釘界の真の恩人は漱石であった。三十八年に初めて『吾輩は猫である』の上巻が市場に現われた時は、内容にも無論読書界を驚歎させたが、装釘の斬新さに於ては更に驚愕を新たにさせた。その後に矢継早に出た漱石の著書は孰(いず)れも一世を代表する装釘として、彼の初版一本はよくその全集一揃の価に匹敵するに至った〉


 ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」によれば、「装釘」という言葉自体、比較的新しく、〈明治末期、装本の美術工芸的要素が強まるにつれ、「製本」にかわって装い釘(てい)じる意の中国風の熟字「装釘」が使われたのがはじまり(新村出「装釘か装幀か」)〉で、そこから「装幀」や「装丁」に変化していった。斎藤昌三によれば、和綴じ本から洋装本へと移行する過程で、「装釘」が生まれたのだという。さらに、内容の伴わない装釘、見かけ倒しの装釘を、〈丸髷洋装〉と揶揄するあたりは手キビシイ。

 ともあれ、ここでの重要な指摘は、夏目漱石は「装釘の斬新さ」が評価されたということだ。それがなければ、ベストセラー作家になっていなかったかもしれないのである。


 さて電子書籍である。もしこれが今後、装幀がないがしろにされるようなことになったら? 現代という時代は、「夏目漱石」を生み出せない、ということにならないだろうか。……装幀好きの妄言ですね。

本を読む

『閑板 書国巡礼記』(斎藤昌三著、紅野敏郎解説)
今週のカルテ
ジャンル随筆/文学
時代 ・ 舞台昭和初期の日本
読後に一言装幀の大切さを再認識しました。
効用溺れるように書物を読む著者――その知的世界をバーチャルに味わえる。
印象深い一節

名言
良い本を作ることに就ては、著者自らも活字の種類、組型、装綴に付ての常識なり経験がなければ、真に雅味あり趣味ある本は生れない。左もなくば余程の親しい相棒とか関係者がない限りは、平々凡々に終らざるを得ない。
類書読書を愛した著者の明治・大正東京物語『魯庵随筆 読書放浪』(東洋文庫603)
明治大正文学史の研究『文芸東西南北』(東洋文庫625)
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