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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『江漢西遊日記』(司馬江漢著、芳賀徹・太田理恵子校注)

2015/12/10
   効率も目的もすっ飛ばした
画家・江漢の長崎気まま旅

 ゴールまで最短距離で進む。資本主義の世の中にあっては、こうした効率化が求められています。無駄なんてもってのほか。ゴールに向かって追い立てられている――それが現代社会といえましょう。

 そんな世の中で、紀行『江漢西遊日記』を読むと、いやあ羨ましいというか、仰天するというか、何とも優雅なのです。筆者は司馬江漢(1747~1818)。当欄で2度目の登場です。〈江戸時代後期の洋風画家、蘭学者〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)なのですが、そんなところには収まっていない人です。

 本書は、今から200年以上も前、フランス革命と同時期に江戸から長崎に旅した記録なのですが、出発したのが天明8年(1788)4月23日。帰ってきたのが寛政元年(1789)4月13日。つまり丸1年かけているのです。この旅には、〈西洋画の研究〉(同前)という“目的”がありました。ところが江漢、「長崎に急ごう!」とはならない。旅先で勧められるままに長逗留し、訪れた先々で、〈夫(それ)にては長崎迄はおぼつかなし〉などと言われてしまう。江漢もその言葉に納得し、ダラダラしている、といった有様。市井の人々と語らい、遊女をからかい(しかも金額を明記し)……というこの「日記」を読んでいると、読んでいるこっちが“目的”を忘れてしまうのです。

 本書の山場は、長崎の出島でオランダ人と会うシーンと、同じく長崎でクジラ漁に同行する場面でしょう。


 〈鯨舟にはのるまじきと思ひしに、「サアサア」とせり立てければ、飯に水をかけ一椀食ひ、夫なりに舟に乗る。のるが早ひ歟(か)、艪(ロ)を押(おす)が疾(ハヤヒ)か、誠に矢の如し。あなたこなたと漕(コグ)。……〉


 どうですか、この臨場感。漁師に言われるままに飯をかき込んで、鯨舟で鯨を追いかけるシーンがいきいきと描かれています。本書は、画家・江漢の挿絵が収録されているのですが、この漁でとった鯨の絵は圧巻でした。しかしよくよく考えてみれば、鯨漁は当初の“目的”ではないのです。勝手気ままに面白そうなものを求めてぶらついていたら、鯨漁にたまたまぶちあたった、というものなのです。というより、この日記を読む限り、“目的”はどこかへいってしまったように思えます。

 現代社会では、必ず意味や目的を問われます。そして効率化を迫られる。しかしそれは、何のためなのでしょう? 私は本書を読んで、それがわからなくなりました。



今週のカルテ

ジャンル紀行/美術
時代 ・ 舞台1700年代後半の日本
読後に一言12月9日は「漱石忌」でしたが、かの夏目漱石は、司馬江漢の随筆を好んでいたそうです。
効用市井の人々の暮らしぶりも丁寧に描かれていて、資料としても貴重です。
印象深い一節

名言
吾此度の旅行はじめてなり。(天明戊申(八年)四月二十三日)
類書同時期の古川古松軒の東北・松前紀行『東遊雑記』(東洋文庫27)
同時期の医者・橘南谿の国内紀行『東西遊記(全2巻)』(東洋文庫248、249)
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