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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 15

『ミリンダ王の問い2 インドとギリシアの対決』(中村元・早島鏡正訳)

2016/01/07
アイコン画像    心が折れないための方策とは?
東と西のダイアローグ (2)

 先日、愚息のマラソン大会を見ていたら、「ああ、ここで心が折れちゃったんだな」というのが手に取るようにわかりました。途中で気持ちが切れてしまった瞬間が見えたのです。

 この「心が折れる」という用法、最近よく使われるなと思って調べてみると、〈近年になって「心折れる」から意味が転じたとみられる。2000年代半ばからスポーツ選手が多用し、一般に広がった〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)のだそうです。〈「ミスター女子プロレス」といわれたプロレスラー神取忍が、1987年7月の試合を振り返ったインタビューで使用した〉(「女性セブン」2015年7月9・16日号)のが最初の活字化だとか。

 自分を鑑みても心折れそうになることばかりですが、ではそうならないための方策はないの? ということで、すがってみました。『ミリンダ王の問い2』です。

 ミリンダ王は尊者ナーガセーナに、〈あらかん(仏教の聖者)は、一つの感受作用を感受するが、それは、身体の感受作用であって、心の感受作用ではない〉という仏教の教えを持ち出して、「これって、心は身体を支配してないってことじゃないの?」と難癖をつけます。これに対し尊者は、身体には、〈(1)冷たさ、(2)暖かさ、(3)飢え、(4)渇き、(5)大便、(6)小便、(7)怠惰と睡眠、(8)老いること、(9)病気、(10)死〉がつきまとうと答えます。しかしこれらと「あらかん」は関係しないと言うのです。

 尊者は空腹の牛を喩えに出します。普段は大人しい牛も、空腹で怒っていると、〈縛っているものを引きずって突き進む〉。つまり、〈自己を修習(習練)しない〉者=凡夫は、身体に感受したものが心に出てしまい、おののき叫んでしまう、と。一方、「あらかん」の心は、〈大樹〉です。だから風の力で枝や葉が動いても(身体が感受しても)、幹(心)は動かない。


 〈心統一の柱にその心を縛られたかれ(あらかん)の心は、振動せず、動揺せず、確立し、散乱しません〉


 なるほど、私が日々、心が折れそうになるのは、しっかりと根を張っていない木であり、飢えた牛だったからなのですね。老いも病気も、自分を取り巻く事象も環境も、「そんなの関係ねぇ!」と泰然自若としていろ、ということなのでしょう。

 2016年は、国内外ともに混乱の時代でしょう。心折れないようにするためには、〈身体の感受作用〉に左右されない自分にならなければいけないのです。私の新年の誓いです。



本を読む

『ミリンダ王の問い2 インドとギリシアの対決』(中村元・早島鏡正訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教
時代 ・ 舞台紀元前2世紀のインド
読後に一言下記の「名言」でもちょっとだけ触れていますが、尊者は70近い〈多種多様の苦しみ〉を挙げています。だからこそ安寧の悟りを目指しなさいということなのですが、この苦しみの数に心が折れそうになりました。嗚呼。
効用“情”に訴えるのではなく、あくまで言葉の“理”で説得する。このディべート術は、本書の面白味のひとつです。
印象深い一節

名言
生まれることも苦しみである、老いることも苦しみである、病気も苦しみである、死も苦しみである、憂いも苦しみである……(第二編第四章 第五 自殺を禁ずること)
類書6世紀の南インドの箴言集『ティルックラル』(東洋文庫660)
古代インドの政略論『ニーティサーラ』(東洋文庫553)
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