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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 28

『ミリンダ王の問い3 インドとギリシアの対決』(中村元・早島鏡正訳)

2016/01/14
アイコン画像    “疑問”があるから“答え”もある
東と西のダイアローグ (3)

 『ミリンダ王の問い』シリーズもこれで終わりです。

 ギリシア人のミリンダ王と尊者ナーガセーナとの対話も『ミリンダ王の問い3』で佳境を迎えますが、ミリンダ王はすでに、難癖を付けるというよりは、どうやったら“ねはん”を得ることができるか、というところに質問の軸が移っていきます。この対話の後、ミリンダ王は仏教に深く帰依するのですが、それは対話の中身の変化からも見て取れます。

 ミリンダ王は、悟りの必要条件を問うのですが、尊者の答えがふるっています。驢馬(ロバ)、鶏といった動物から、船やマスト、水瓶といった道具、田や海などの自然、漁夫や大工といった職業など105の項目を並べ立て、それぞれの〈支分を把握すべきである〉といいます。端的に言えば、「それぞれの特徴から学べ」ということなのでしょう。

 ではいったい、何を学び取れというのでしょうか。例えば「蠍(サソリ)」。


 〈大王よ、たとえば、蠍は、尾を武器としており、尾を持ちあげて行くごとく、大王よ、それと同様に、ヨーガ者・ヨーガ行者は、智慧を武器とすべきであり、智慧を持ち上げて住すべきです。大王よ、これが把握すべき蠍の一支分です〉


 尊者にかかれば、嫌われる「蛭(ヒル)」さえも学ぶべき対象となります。蛭が、〈吸いつくところはどこにでも強く吸いついて、血を吸う〉ように、〈解脱の美味を飲むべき〉というのです。なるほどなぁ。

 ミリンダ王の本質をついた問い、そして尊者ナーガセーナのわかりやすい喩えを用いた答え、こうした刺激に満ちたダイアローグ(対話)を読んでいると、これが、紀元前2世紀のインドで行われたものであることを、私はうかつにも忘れてしまうのでした。ここには、“今”に通ずる問いと答えがあります。

 さて3巻にもわたったこの討論、結論だけみると、ミランダ王が尊者に屈したかのようにも見えますが、私は本書の立役者はミリンダ王だと考えます。彼が問うからこそ、答えもあるのです。「Why?」と疑問をぶつけたから真理が尊者から引き出されたのです。

 私たちが尊者になれと言われてもどだい無理な話です。しかし、ミリンダ王のような問いをぶつけろ、と言われれば不可能ではありません。疑問を持て。私はこのメッセージを本書から受け取りました。



本を読む

『ミリンダ王の問い3 インドとギリシアの対決』(中村元・早島鏡正訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教
時代 ・ 舞台紀元前2世紀のインド
読後に一言年末から読み進めてきた『ミリンダ王の問い』シリーズ、これにて終わりです。
効用〈支分〉を解説した第三編を読むだけでも、本書の価値があります。
印象深い一節

名言
智慧により疑惑を断って、賢者たちは寂静(ねはん)を得る(第三編「むすび」)
類書古代インドの前兆占い『占術大集成(全2巻)』(東洋文庫589、590)
中国の高僧の仏跡を巡歴した記録『法顕伝・宋雲行紀』(東洋文庫194)
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