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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 501

『幕末政治家』(福地源一郎著)

2016/03/24
アイコン画像    3月24日は桜田門外の変?
幕末のエポックを再考する

 5年前、このコラムで福地源一郎の『幕府衰亡論』を取り上げ、私はエラそうに、〈「3月3日は江戸幕府滅亡が始まった日」として、私は記憶にとどめることにする〉と結んでいます。安政7年3月3日、桜田門外の変があった、というのがその理由です。

 これ、新暦に置き換えるとどうなるかと妙に気になって、計算サイト(http://keisan.casio.jp)で変換してみると、なんと1860年3月24日。本日3月24日のことなのです! だから何だとつっこまれそうですが、しかし、〈白昼大老が暗殺されたことで、幕府の衰退が公然となり、幕末期政局の一つの転機となった〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)ことを考えれば、やはりこの事件はエポックなのです。

 そこで再び、〈実際幕末の事は僕が一番よく知ッてるのだからね〉と豪語する福地源一郎にご登場いただきましょう。テキストは、『幕府衰亡論』の姉妹編『幕末政治家』。阿部正弘、堀田正睦、徳川斉昭、島津斉彬、小栗忠順……と、幕末の幕府の要人を論じた書です。

 ではこの中で、桜田門外の変で討たれた井伊直弼をどう捉えているのでしょうか。


 〈非幕府論者は井伊大老が行為を見て、尽く罪過のみと断定し、幕運の傾けるを以て、直に井伊の罪なりと云ふものは、当事の事情を知らざるの言のみ〉


 井伊直弼が大老として安政の大獄を主導したのは周知の事実。それが桜田門外の変に繋がり、幕府が衰退していくわけですが、しかしそれは井伊のせいではない、と福地は言います。さらに〈開国の卓識者〉との評も退けます。なぜなら、開国の流れはすでにできあがっていたから。福地の書から見えてくる井伊は、職務に対して必死に踏ん張った大人物の姿です。


 〈然れども井伊大老も亦幕末の一大政治家なる哉〉


 現代社会もそうですが、いったん走り出した世論は止まりません。〈元来日本は歴史を粗末にする国だ、こんな国じゃ、進歩は出来ないね〉と、その後、福地はぼやいていますが、この事件をきっかけに日本は維新へと突き進んで行きます。

 桜田門外の変は、端的に言えば、尊王攘夷派の水戸浪士による白昼テロです。しかし殺された井伊は「不忠の臣」と蔑まれ、首謀者たちは靖国神社に祀られています。これが、この国の近代の始まりです。

本を読む

『幕末政治家』(福地源一郎著)
今週のカルテ
ジャンルジャーナリズム/歴史
時代 ・ 舞台幕末の日本
読後に一言明治維新を持ち上げる政治家は山ほどいますが、私は維新の思想の中に「正義の名の元なら何でも許される」という危険な匂いを感じます。
効用歴史は勝者によって作られます。ならば、そうではない側の幕末論は、非常に貴重です。
印象深い一節

名言
当時の実況を知らざる論者が、一概に幕府を挙て尽く衆愚の府と見做し、其行為みな国家を誤り日本に禍して、以て遂に朝廷の譴責を蒙り滅亡したる者なりと論断するが如きは、浅膚の見なるのみ。(「叙言」)
類書姉妹編『幕府衰亡論』(東洋文庫84)
幕末の対外事情『幕末外交談(全2巻)』(東洋文庫69、72)
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