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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『感身学正記 1 西大寺叡尊の自伝』(叡尊著、細川涼一訳注)

2016/04/14
アイコン画像    鎌倉時代の名僧の自伝にならう
自分を変える“きっかけ”の摑み方

 物事には何でも〝きっかけ〟があります。4月になって、新しい学校、組織に属し、新スタートをきった方も多いと思いますが、それもまた何かのきっかけでしょう。

 きっかけには、〈物事を始める時の手がかりや機会〉という意味だけでなく、〈心意気〉や〈意地〉という意味もあるそうですが(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)、たしかに〈心意気〉がないと、自分を高めるきっかけも無に帰すことは、さすがの私も体験の中から学びました。

 『感身学正記 1 西大寺叡尊の自伝』は、鎌倉時代の僧・叡尊(1201~1290)の自伝です。叡尊は、〈後深草上皇や北条氏らの帰依をうける〉などの一方で、〈橋の修復〉や〈貧民救済に尽力した〉(同「日本人名大辞典」)律宗の僧です。本書『感身学正記』の中に、私は叡尊の〝きっかけ〟を見つけました。


 〈およそ印可を受け奉りて後十ケ年の間……〉


 という書き出しで始まる34歳の項です(1234年)。叡尊は休まず修業に励んだものの、〈常に一つの疑殆を残す〉と告白します。「疑殆」とは、〈疑いあやぶむこと〉(同「例文 仏教語大辞典」)。叡尊は仏教の現在に疑問を持つのです。なぜか。多くの僧が〈魔道〉――悪魔の世界に堕ちていたからです。つまり堕落しきっていると。堕落した僧も、師の教え通り修業を積んだ僧たちです。なのになぜ〈魔道〉に堕ちるのか――。

 叡尊は仏教界という大きな組織に属しています。寄らば大樹の陰。疑問を持たずに前例踏襲で、組織に唯々諾々と生きていくことも簡単だったはず。ところが叡尊はとんでもない疑問を持ってしまうわけです。諸先輩に向かって「たるんでる!」と思ってしまったわけですから。

 私はこの「疑問」こそ、きっかけなのだと理解しました。ただ新しい集団に属したからといって、それはきっかけにならないのです。ただ所属がかわったというだけです。それは自分の変化ではありません。

 では疑問をもった叡尊はどうしたか。

 彼の行動は次の2点に集約されます。〈禁戒を受持する〉。〈律義を修学して、群生を饒益(にようやく)せん〉とする。注釈を借りれば、叡尊は、〈戒律を修学することで魔道から抜け出て密教を深める道を確認し、また、群生利益の必要性を見出した〉のです。

 自分のルール(仏教のルール)を確認した、ということです。周囲に惑わされず、自分の中に答えを見つける。なるほど、これぞ〝きっかけ〟なのでしょう。



本を読む

『感身学正記 1 西大寺叡尊の自伝』(叡尊著、細川涼一訳注)
今週のカルテ
ジャンル伝記/宗教
時代 ・ 舞台鎌倉時代の日本
読後に一言上中下に分かれた原典の上中巻をまとめたのが本書。2巻目はまだ出ていないようです。
効用鎌倉時代に大きな影響を持っていた僧侶の記録です。
印象深い一節

名言
それ願望を果遂するの大心は、誓願して身命を捨つれば、稽古さらに倦(う)むことなし(「嘉禎元年 三十五歳」)
類書鎌倉時代の僧・親鸞の教え『歎異抄・執持鈔・口伝鈔・改邪鈔』(東洋文庫33)
天台宗僧侶の求法の旅『入唐求法巡礼行記(全2巻)』(東洋文庫157、442)
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