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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『真名本 曾我物語 2』(笹川祥生・信太 周・高橋喜一ほか編、福田晃解説)

2016/05/12
アイコン画像    悲しみを受け取る女性こそ主役
「曾我物語」を読み込む~その2

 東海道五十三次といえば、歌川広重の浮世絵が有名ですが、その8番目の宿場「大磯」のタイトルは、「虎ヶ雨」です。これまでは漠然と見ていただけでしたが、本書『真名本 曾我物語 2』を読了してようやく合点がいきました。“虎”とは、「曾我物語」の主要登場人物なのです。

 〈鎌倉初期に相模国大磯宿の遊女であったと伝えられる女性。《曾我物語》に曾我兄弟の兄十郎祐成の愛人として登場する。《吾妻鏡》建久4年(1193)6月1日条および18日条にその名があらわれるが,実在性は疑わしい〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」、「虎御前」の項)

 曾我兄弟の兄・十郎は、敵討ちのため、愛する虎を残して旅立ちます。二人とも、これが永遠の別れであることをわかっています。


 〈ころは建久四年癸丑五月下旬の事なれば、五月雨(さみだれ)の天(そら)の物憂き今朝の空(そら)しも、五月雨茂く雨連(ふりつづ)いて心の暗(やみ)晴れ遣らず。裾は露、袖は涙に捶(しを)れつつ……〉


 大磯の雨は、梅雨時の雨であり、十郎の死を知った虎の涙だったのです。ゆえに広重は大磯の宿場に雨を降らせ、「虎ヶ雨」と名づけた。江戸の人々の教養の高さに恐れ入ります。

 「曾我物語」はもちろん、仇討ちの物語なのですが、私は“虎”という人物に最も惹かれました。

 虎は、十郎たちの死後、彼らの母を訪ねます。そして共に、悲しみを分かち合うのです。


 〈時雨とぞ山の梢に灌(そそ)きけるひまなく洩るる我が涙には〉


 とめどなく溢れる涙は、木々に降りそそぐ時雨のようだと、虎は心中を歌にします。

 そして物語は、虎の後半生で締めくくられます。曾我兄弟の死後、19歳の虎は箱根で出家し、愛する十郎を弔い過ごします。そして64歳のある晩のこと。


 〈昔の事どもを思ひ連(つづ)けて涙を流す折節、庭の桜の本立斜(もとだちなのめ)に小枝が下りたるを十郎が躰(すがた)と見なして、走り寄り取り付かむとすれども、ただ徒(いたづら)の(むなしい)木の枝なれば低様(うつぶさま)に倒れにけり〉


 桜の枝を十郎と見間違い、走り寄って抱きつくも転倒し、病の床に就いてしまいます。そしてそのまま大往生します。歴史の表に出てくるのは、曾我兄弟ですが、その悲しみを一心に受けたのは虎を含めた女性でした。名もなき女性の悲しみが、物語を支えていたのです。この物語が愛され続ける理由の一端がわかった気がします。



本を読む

『真名本 曾我物語 2』(笹川祥生・信太 周・高橋喜一ほか編、福田晃解説)
今週のカルテ
ジャンル文学/歴史
成立した年代 ・ 舞台14世紀後半・日本
読後に一言これで当コラムは300回です。
効用誰かのために悲しみ、一生を捧げる。この〝重さ〟を現代社会はどう捉えるでしょうか。
印象深い一節

名言
くれなゐの恋の涙のいかなればはては朽葉と袖をなすらん(真赤な恋の涙のはずなのに、なぜそれが袖を黄色まじりの朽葉色に染め、ついには袖を朽ちさせてしまうのでしょうか)(巻第六「十郎、虎と名残りを惜しむ」)
類書曾我物語と重なる説話を収録『神道集』(東洋文庫94)
曾我の仇討ちも記述する『源頼朝』(東洋文庫477)
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