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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 598

『東京夢華録 宋代の都市と生活』(孟元老著、入矢義高・梅原郁訳注)

2016/05/26
アイコン画像    12世紀初頭の中国の街は、
人情と思いやりに溢れていた!

 紋切り型のフレーズに、「日本人はマナーが良い」というのがあります。その裏返しで、ニュース番組を見ると「外国人観光客のマナーの悪さ」という特集が、かなりの頻度で流れています。このどちらも“日本人は素晴らしい”と自画自賛して、気分良くさせるのでしょうが、天の邪鬼の私は、果たしてそうだろうかと考え込んでしまいます。私たちは、見たいものだけを見ているのではないでしょうか。


 例えば、これを読んでどう思うでしょうか? 


 〈よそから新たに都に来て、隣近所に住むような人があると、道具を貸してやったり、茶などの贈り物をしたり、買い物の案内といったような世話をしてやる〉


 おそらく、多くの方が“人情”というような言葉を思い浮かべると思います。ではもうひとつ。


 〈その上に人情が厚く、もしよそから来た人が、都の人に欺されたりしていると、必ずみんなでそれを助けてやる。また番屋に留置されることになった喧嘩沙汰を見ると、こちらから進んで身請けをし、役人に饗応してお上をとりなしたりまでして、自分は苦にもしないのである〉


 「番屋」なんて言葉が出て来ますからね、「江戸時代かな?」と思う人もいるかもしれません。

 これらはすべて『東京夢華録』の一節――12世紀初頭の北宋(中国)の首都・東京(とうけい)についての記述なのです。この頃の日本はどうかというと、保元の乱や平治の乱の少し前あたり。都は荒廃し、殺伐としています。マナーや人情どころの話じゃありません。

 日本人のマナーが良いという話が好きな人の中には、これを日本人の特性と捉える向きがあります。しかしそんな特性を持った人たちが、殺しあいをするのでしょうか? いや昔の話をしてるんじゃない。今の話だ。と言われるかも知れません。しかしわずか70年前、日本は戦争という名の殺人を各地で起こしているのです。

 当時、東京(開封)が100万人を超えた大都市だけであって、『東京夢華録』を読むと、その街の規模の大きさ、賑わいぶりは、目を見張るものがあります。ということは、人情やマナーの良さは、もしかしたら“豊かさ”によるのかもしれません。だとすると、私たちの現在の振る舞いの理由も、豊かさゆえといえるかもしれません。感謝すべきは、日本人の特性などという曖昧なものではなく、平和な現状に対してなのでしょう。



本を読む

『東京夢華録 宋代の都市と生活』(孟元老著、入矢義高・梅原郁訳注)
今週のカルテ
ジャンル風俗
時代 ・ 舞台12世紀の中国(北宋)
読後に一言“格差”が広がって豊かさを享受できなくなれば、マナーも悪化するということなのかもしれません。
効用東京(開封)の都市の様子、歳時記、そして人々の暮らし……。当時の様子がわかります。
印象深い一節

名言
この書物は、ことばが卑俗で、文飾を施していないが、それは広く誰にでも分かるようにというつもりからである。この点、読者の御諒解をいただきたい。
類書南宋の都市の賑わいを活写『夢粱録(全3巻)』(東洋文庫674ほか)
中国の風俗の変遷『中国社会風俗史』(東洋文庫151)
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