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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 306|314

『甲子夜話 1、2』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)

2016/06/02
アイコン画像    バリアフリーで命拾いした家康!?
エッセイ『甲子夜話』を楽しむ(1)

 「この時代小説がすごい! 2016年版」作家別ランキングでも1位になっているそうなので、私が無理に推す必要はないのですが、「なんかやる気が起きないなあ」という日は、風野真知雄さんの時代小説がおすすめです。この人、感情の機微を物語に絡めるのがうまいんですよねぇ。

 で、氏の作品に『妻は、くノ一』『姫は、三十一』(共に角川文庫)というシリーズがあるのですが、この中でキーとなるのが、松浦静山という大名です。

 〈肥前松浦家三十四代の当主〉で、藩の経済を立て直し、藩の学校をつくり、海防を整え……という〈当代を代表する名君としての生涯〉を送った人なのですが、ポイントはこれ。〈若年時は遊蕩の生活の経験もあり、書物を愛する文学青年でもあった。志に裏打ちされた、あり余る教養の余沢は、全二百七十八巻の随筆『甲子夜話』として残される〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。

 『甲子夜話(かっしやわ)』は、正篇100巻、続篇100巻、三篇78巻に分かれているのですが、実はすべて東洋文庫に収められているんです。正・続・三篇あわせて全20冊! 枕が長くなりましたが、ではこれを読んでいきましょう、ということであります。

 まずはワンエピソードを紹介しましょう。『真田丸』にあやかって、武田勝頼と徳川家康の逸話。


 〈何(いづれ)の時か武田勝頼、神祖(家康)を密(ひそか)に害し奉らんとて、忍者(しのびのもの)を遣(つかはし)て御坐所の牀下(ゆかした)に入(いり)て刺通し来れと命ず〉


 『真田丸』の時代考証を担当する歴史学者の丸島和洋氏によれば、この時代、こういう忍者はいないそうですが、そこは正誤に関係なく、噂話を拾った『甲子夜話』ならではの話。さあ、勝頼の放った忍者はどうなったか。


 〈牀下まで忍び入りしが、ゆかひくゝして刀をつかふことならず〉


 静山はこの話を、又聞きの話としてこう続けます。


 〈ゆかの高さは、女子の上り下り自由になる程にすべし〉


 (武田氏滅亡後の築城ですからありえないことなのですが)家康が駿府城を造作する際、こう命じたというんですね。バリアフリーの発想です。で、この命令が家康の命を救ったという……。

 『甲子夜話』には、こういう噂話、奇聞、逸話、歴史的事件が、時代に関係なく羅列されています。さすが、かつて遊蕩三昧だった静山です。真実もオバケ話も、同列に扱い、同列に楽しむところが、“江戸”という時代のひとつの特徴かもしれません。



本を読む

『甲子夜話 1、2』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)
今週のカルテ
ジャンル随筆/風俗
書かれた時代1800年代前半の江戸
読後に一言“旧暦の6月29日、82歳で静山は亡くなっていますので、6月に取り上げてみました。正篇は3回に分けて紹介します。
効用死ぬ直前まで20年にわたって書き続けられたエッセイです。著者の面白がりようを味わってください。
印象深い一節

名言
大阪落城の時、豊臣秀頼は潜(ひそか)に薩摩に行れたりと云一説あり(巻四)
類書江戸の奉行が集めた奇聞『耳袋(全2巻)』(東洋文庫207、208)
戦国時代の笑話の集大成『醒睡笑』(東洋文庫31)
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