1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「集団いじめ」に潜む理屈とは――。 都知事問題を民話を通して考える |
小麦、大麦、ソバという名の腹違いの姉妹がいました。大麦とソバは後妻の子です。
これ、『山東民話集』収録の「三人姉妹」の設定なのですが、もう想像がつきますね。継母が小麦をいじめぬくのです。いじめは徹底しています。
〈あの子をかばうものがいたら、わたしがただではおかないよ〉
この台詞、ゾッとしますねぇ。今この瞬間にも各地で口にされていそうな台詞です。
この「いじめ」というのは民話のひとつの形で、本書にも「次郎の物語」や「鳥になった嫁」など、イジメがモチーフになっている作品が数多く収録されています。民話では、いじめの結末は無残です。
「三人姉妹」では、小麦、大麦、ソバの由来に繋がっていきます。寒い時期に外に放り出されていた小麦だけは、実を粉にひくと香ばしくておいしいものとなり、つらさを味わうことがなかった大麦とソバは、実を粉にひくと黒くてまずい代物……というオチです。
そもそも「いじめ」は、〈集団関係の中で立場や力の弱い者をターゲットに、精神的・身体的な攻撃を執拗に加えること〉(ジャパンナレッジ「イミダス 2016」)です。「三人姉妹」でいうと、継母の脅しが集団いじめへといざなっているわけですが、でもこれって、民話の中だけの話でしょうか?
こんな話題を出すと、私がいじめられるかもしれませんが、東京都知事をめぐる一連の報道、そして反応は、私には「いじめ」にしか見えません。集団リンチです。彼は国際社会に嘘をついたわけでもなければ、口利きで賄賂を懐に入れたわけでもありません。ただセコかっただけ。しかし、氏の〈集団関係の中で立場や力〉が弱まったのをいいことに、人格攻撃を行なう。
私は最近の(例の不倫騒動もそうですが)「集団いじめ」に恐怖を感じます。もしかすると戦前の「非国民」への吊し上げもこんな感じだったのかもしれません。
『山東民話集』の中に面白い言葉を見つけました。
〈腹が一杯なら蜜だって甘くはないし、ひもじければ糠だって蜜のような味がするのさ〉(「粟粥」)
状態ひとつで感覚はかわる、と民話は伝えています。だとすれば、気づかずにいじめている側にこそ、大きな問題が潜んでいるといえるのではないでしょうか。
ジャンル | 説話 |
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成立した時代 ・ 舞台 | 1940~50年代/中国 |
読後に一言 | 人間を最も多く殺している生き物は、一説には「蚊」だそうですが、蚊が生き残った理由のわかる民話「人を食う蚊」はおすすめです。 |
効用 | 仙人の話があるかと思えば、アメリカ人の出てくる新しい話もあり、バラエティに富んでいます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | この世に終わりにならなかった宴会はないし、この地上に引きさかれなかった相思相愛の夫婦はいない(「赤い泉の物語」) |
類書 | 明代の怪異小説集『剪燈新話』(東洋文庫48) 中国西南山地に住む少数民族の民話『苗族民話集』(東洋文庫260) |
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(2024年5月時点)