1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
山は動いてしまったのか? ~故事成語で読む「列子」(2) |
今から27年前、当時の日本社会党はマドンナ旋風を巻き起こし、土井たか子委員長は「山が動いた」という名言を残しました。この言葉、元を辿れば、与謝野晶子の「そぞろごと」という詩に行き着きます。
〈山の動く日来(きた)る。(中略)すべて眠りし女(おなご)今ぞ目覚めて動くなる〉
初の女性文芸誌『青鞜』第1号(1911年創刊)の巻頭詩です。で、私はこの詩を読んで、故事「愚公山を移す(愚公移山)」を連想しました。本書『列子 2』の「愚公、山を移す」(湯問篇第五の二)のエピソードです。
主人公は、90歳に近い北山愚公という老人。愚公は、交通の便を悪くしている自宅前の山をどかそうと試みる。その愚かさを笑った人間に対し、愚公の答え。
〈ぼくが死んでも子供は生き残り、その子供はさらに孫を生み……(中略)子から子へ、孫から孫へと伝えて、尽きはてることもない。それに対して山のほうはますます高くなるということはないのだ〉
このことを知った〈天帝〉は、〈愚公の真心に心うごかされ〉、山を移させる。ここから「愚公山を移す」――〈怠らず努力すれば大きな事業も成就するというたとえ〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)となったのです。
翻って現在、日本では「山が動いた」のでしょうか? 改憲阻止側からみればNoであり、改憲賛成派からすればYesでしょう。そしてその結果をもたらしたのは、有権者のたった半数(54.7%)の人間なのです。
本書に、「岐路亡羊」(説符篇第八の二十四)というエピソードが収録されています。楊朱(春秋戦国時代の思想家)の隣人が、逃げた1匹の羊を大勢で追いかけますが、捕まりません。それを見て押し黙ってしまった楊朱の心を慮った弟子、心都子のひと言。
〈大きな道は、岐れ路が多いために羊をとり逃がしてしまい、学間をする者は、やり方がいろいろあるために人生を見失ってしまう〉
「岐路亡羊」は「多岐亡羊」ともいい、〈転じて、方針があまりに多いために、どれを選んだらよいのか、思案に困ること〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)という意味に。「方針」を「情報」に置き換えれば、まさに現代社会です。膨大な情報に圧倒され、自分を見失ってしまっているのだとしたら、早く取り戻さねばなりません。
……立ちこめる諦観を振り払い、それでも自分たちが「山を動かす」のだと、私は信じたいと思います。
ジャンル | 思想/説話 |
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時代 ・ 舞台 | 春秋戦国時代の中国 |
読後に一言 | 参院選の結果が、結果として「蚊の睫にたかる虫(湯問篇第五の一)」=微細なこと、であることを祈っています。振り返って、「この日が岐路だった」となりませんように。 |
効用 | 中島敦の名短編「名人伝」の元になったといわれている話(湯問篇第五の十四)も本書収録です。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 人間がもし情欲のままにふるまい、欲望におぼれこむならば、天から受けた生命の本質はそこなわれてしまう(楊朱篇第七の八) |
類書 | 荻生徂徠の論語解釈『論語徴(全2巻)』(東洋文庫575、576) 春秋戦国時代の思想『墨子』(東洋文庫599) |
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