1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
松浦静山は“江戸の永六輔”だった!? 「甲子夜話続篇」を楽しむ(2) |
ここ最近、永六輔さんの本を1日1冊のペースで読んでいます(しかし2016年になって、永さんをはじめ、大橋巨泉さん、蜷川幸雄さん、元連合会長の山岸章さん……と権力に対して迎合しなかった人たちが相次いで亡くなっているのは気のせい? 時代の変わり目なのでしょうか)。あのマルチぶり、興味があるものにはどこにでも首を突っ込む好奇心……。そして、ベストセラーの『大往生』をはじめ、永さんの著書の多くは、市井の人々の「ことば」を聞き書きした本です。永さんがいわば、大きなアンテナなんですね。集まって来たものをインプットし、本やラジオを通じてアウトプットする。
永さんの本を読んでいるうちに、この人物の姿と重なりました。そう、「甲子夜話」シリーズの著者、松浦静山です。彼もまた何でもインプットします。無関係の和歌の会、他人の紀行文、他人の書状、噂話……。
今回、『甲子夜話続篇』の3、4巻を読んでいて、静山が永六輔さんに見えてきました。霊能者なら「生まれ変わり」と断言するところでしょう。それぐらい似ています。
松浦静山は、例えばこんな話をインプットします。
太閤秀吉と曾呂利新左衛門(そろりしんざえもん)――〈豊臣秀吉の御咄(おとぎ)衆と伝える人物〉で、〈実在は確認されていない〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)――のエピソード。「褒美をとらせる」という秀吉に対し、曾呂利。
〈紙袋一つに容るゝの物を賜はん〉
小さな願いだなという秀吉。ところが、十日経っても新左衛門は出仕せず。人を遣って様子をうかがうと、目を見張る大袋をつくっている。
〈この袋を以て御米倉に覆(かぶせ)、御倉の積粟を賜はらん〉
紙袋を米倉にかぶせてしまうという大胆な発想。秀吉は大いに笑って喜んだ、という話です。
いいですよねぇ、この与太話。実際、曾呂利の〈数々の逸話は『皇都午睡』『牛馬問』『半日閑話』『提醒紀談』『甲子夜話』『理斎随筆』『閑窓瑣談』など、江戸時代の随筆によって一般に流布した〉(同前)と言いますから、静山の影響力がうかがい知れます。
永六輔さんと静山に共通しているのは、彼らが「聞く人」であるということです。老若男女、貴賤の別なくとにかく聞く。「聞く」とは彼らにとって、好奇心を満たすことであり、かつ「学ぶ」ことと同義なのです。で、彼らのアウトプットしたものを、私たちはこうして楽しむことができる。読書の贅沢さに気づきました。
ジャンル | 随筆/風俗 |
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書かれた時代 | 1800年代前半の江戸 |
読後に一言 | 好奇心と教養の量は、比例しているのだと確信しました。 |
効用 | シーボルト事件の裁許も掲載されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 名僧・白隠のエピソード。坐禅する白隠の元に狼がやってくるが……。〈狼逎来り、鼻を以て面を衝き、舌を出して顔を舐る。或は又頭上を飛越れども、白隠動ぜず。獣も其心に感通せし歟(か)、かまはざりしと。修行の堅き、大率(おほむね)この如し〉(『甲子夜話続篇3』36) |
類書 | 曾呂利新左衛門も登場『講談落語今昔譚』(東洋文庫652) シーボルトの伝記『シーボルト先生(全3巻)』(東洋文庫103ほか) |
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