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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 381|385

『甲子夜話続篇5、6』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)

2016/08/25
アイコン画像    “○○ロス”なんて言葉は使うな!?
「甲子夜話続篇」を楽しむ(3)

 広島、長崎の日、終戦記念日。そしてお盆。日本人にとっての8月は、なぜか亡くなった人を悼む行事が続きます。年にひと月ぐらいは、今は亡き人々に思いを向けろ、という何かのサインなのかもしれません。

 ところが最近は、「ロス」という軽い言葉が世間を賑わせています。

 朝ドラ『あさが来た』で五代友厚が病死すれば「五代ロス」。ジャパンナレッジの「現代用語の基礎知識 2016」には、例の福山雅治さんの結婚にまつわる「ましゃロス」という言葉さえ載っています。大河ドラマ『真田丸』にいたっては、勝頼ロスに始まり、室賀ロス、梅ロス、秀次ロス……と「ロス」だらけ。「本当の死者を悼まないで、何がロスだ!」と口うるさいオヤジの自覚がある私は、ひとり憤っています。

 この「ロス」、調べてみると、〈日本では2000年以降に注目を集めるようになった〉(同「イミダス 2016」)という「ペットロス」が近年の目立った例で、朝ドラ『あまちゃん』の「あまロス」で流行語化しました(これも、ジャパンナレッジに掲載されている言葉です)。

 『甲子夜話続篇』にも、一連のロスのひとり、豊臣秀次のエピソードが載っています。この事件では、秀次の係累がことごとく斬首されます。著者の松浦静山はなんと、彼ら斬首された人々の辞世の句を書き記すのです。

 その中のひとつ。年が判明している中では最年少の辞世の句です(お松の方、12歳)。


 〈のこるともながらへてすむ浮世かは/つゐにはこゆる死出の山道〉


 辞世の句はいわば、生きた証です。人の口の端にのぼってこそ、供養といえます。忘れ去られることほど、悲しいことはありません。そういう意味では、静山はきちんと、死者を悼んでいるのです。実際私は、『甲子夜話続篇』を通して、お松の方という女性のことを思いました。これもまた供養なのでしょう(今、お松の方の辞世の句を読んでいただいたあなた、これも供養です)。

 ○○ロスなどという薄っぺらい言葉を連呼することで、さも自分は優しい人だと思い込みたいのかもしれませんが、こんな言葉を使えば使うほど、本当の「悼み」からは遠ざかっていくように、私には思えるのです。

 静山は『甲子夜話続篇』の中に、他人が記した大地震のレポートを収録しています。薄っぺらい同情の言葉を口にするのではなく、後世のために記録を残す。これが、静山の死との向き合い方なのです。



本を読む

『甲子夜話続篇5、6』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)
今週のカルテ
ジャンル随筆/風俗
書かれた時代1800年代前半の江戸
読後に一言齢を重ねると、世間の些細なことにも怒ってしまいます。八つ当たりかもしれません。
効用『甲子夜話続篇』6巻には、豊臣秀吉や秀次、石田三成や水戸光圀の花押など、著名人の花押がたくさん収録されており、これだけでも見応えがあります。
印象深い一節

名言
世の中の摸様はさても移り行ものなり(『甲子夜話続篇5』56)
類書静山と同時代の儒学者・松崎慊堂の日記『慊堂日暦(全6巻)』(東洋文庫169ほか)
朝鮮儒者が見た、秀吉、秀次のころの日本『看羊録』(東洋文庫44)
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