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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 146

『日本中世史』(原勝郎著、富士川英郎解説)

2016/10/06
アイコン画像    「自由」のために生きた鎌倉武士
彼らの生き様が美文の中に立ち上がる

 ジャパンナレッジの本書の紹介文に、「平安時代から鎌倉幕府の開設まで,流麗闊達な筆致で描かれた日本人の姿は,あたかも一幅の絵巻物を彷彿とさせる」とあったのに惹かれて、『日本中世史』を紐解きました。


 〈然るに何事ぞ転変甚速にして、如此盛大を致せし平安時代も、遂に槿花一朝の栄に過ぎざりしや〉


 平安から鎌倉への移り変わりを評した文章なのですが、なるほどこれが「流麗闊達な筆致」なのですね。美文はその通りですが、文語についていくのは正直、骨が折れます。

 調べてみると、著者の原勝郎氏(1871~1924)は、〈明治・大正時代の歴史学者で、近代的歴史学の創始者の一人。特に日本史における中世という時代区分の称呼をはじめて用い〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)た人で、時代の泰斗のひとりでした。

 これも我が身を鍛錬するためと読み進めましたが、氏のこのくだりに、「おおっ」となりました。


 〈東国武人の重じたるもの二あり、自由と名誉と是なり〉


 鎌倉武士が大事にした〈自由〉とは何か。〈政治制度の自由〉ではなく、〈社会上の自由〉、〈人事の自由〉、〈私生活の自由〉、〈精神上の自由〉だと氏は説きます。彼らは自由のために戦った、のだと。

 で、この自由を唯一束縛する物が、〈恩義〉なのだと氏はいいます。だからできるだけ、恩を受けないようにする。しかし、恩義を受けたらそれに全力で報いる。「御恩と奉公」という概念は、受験勉強のワードに過ぎませんでしたが、今になってすーっと理解できました。

 先日、漢字の勉強をしていた小学生の愚息から、「自由の対義語って何?」と聞かれました。「そんなこともわからないのか」と大口を叩きながら、問題集の答えをこっそり確認します。答えは、〈統制〉でした。私は、原勝郎氏の『日本中世史』のくだりを思い出しました。鎌倉武士が自由を愛したのはなぜか。彼らはまさに、「統制」を嫌ったのでした。自分の思うままに生きる――鎌倉武士は、何と人間的なのでしょう。私は言わずもがなの言葉を、息子に言い聞かせたのでした。

 「いいか、自由でいたかったら、人に頼るな。自分の頭で考えろ。勉強するのは、自由を獲得するためだぞ」

 愚息に伝わったかどうかわかりませんが、残念ながら現代日本は、統制へと一直線に向かっています。自由を守るために、武士の気概を持たねば、と思いました。



本を読む

『日本中世史』(原勝郎著、富士川英郎解説)
今週のカルテ
ジャンル歴史/随筆
刊行年 ・ 舞台1906年・日本
読後に一言そのうち日本も北朝鮮のように、「拍手の仕方が悪い」と粛清されるようになったりして……。秋の臨時国会を見ていて背筋が寒くなりました。
効用多くの文学作品をひとつの証拠として検証しながら歴史を語る手法は、現在においても古びていません。
印象深い一節

名言
自由を束縛するは何物なるか。他にあらず、恩義を受くるなり。
類書山路愛山の史論『源頼朝』(東洋文庫477)
同時代を描いた物語『義経記(全2巻)』(東洋文庫114、125)
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