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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 499|504

『遊歴雑記初編 1、2』(十方庵敬順著、朝倉治彦校訂)

2016/11/03
アイコン画像    化政時代を生きた〝シェアしない男〟
江戸近郊のひとり旅の記録

 女優の志田未来(しだ・みらい)が、某バラエティ番組で「あたし、料理をシェアするのが嫌いなんです」と本当に嫌そうに語っているのを見て、私はいっぺんに彼女のファンになりました。

 こうした意見は稀です。料理に限らず、この世は「シェアする」人だらけで、写真もシェア、SNSもシェア、ルームシェアにカーシェア……。さすがのジャパンナレッジでも「シェアする」は見出しでは未掲載でしたが、全文検索をかけると、「イミダス」や「現代用語の基礎知識」などの本文内に発見。2010年くらいからのSNSの浸透により、「シェアする」が定着したということなのでしょう。

 別に私ごときに言われたくないでしょうが、生まれ落ちた時から、私たち人間は“ひとり”です。〈咳をしてもひとり〉(尾崎放哉)だし、人生はひとり、〈どうしようもない私が歩いてゐる〉(山頭火)ようなものです。

 化政文化隆盛の頃、携帯コンロと煎茶道具を携え、“ひとり”で旅をしてまわった隠居の僧・十方庵敬順の記録が残っています。『遊歴雑記初編』です。


 〈隠者の身は、年頃の窮屈を補ひ、英気を養はんと、春秋には遠近に逍遊し、天元の寿命を楽しまんとす、就中(なかんづく)花のあした、紅葉のゆふべは、いよいよ都鄙の間に独歩し、寺社の勝景を愛し、僻地の風色をなぐさむ〉


 と江戸近郊から武蔵の奥地まで、敬順は、〈独歩〉しました。その理由がふるっています。〈旅は路づれとはいへど〉と断りつつ、一緒に旅したくない人を列挙します。


(1) 酒飲(のむ)もの

(2) 風雅なき人

(3) 吝嗇(りんしょく)なる者

(4) 路を堰(せく)人

(5) いかつがましく(偉そうで)頭高き族(やから)

(6) 思慮なくさし出て多言なる徒


 ようは、大抵の人間はこのカテゴリーに入ってしまうんでしょうな。で、結論はこれ。


 〈独歩の旅行穏かにしてこゝろ安し〉


 シェアしたい人間にとっては、シェアを拒否する敬順の物言いは、ヒネクレ者としか映らないでしょう。しかし、ひとりだからこそ見えてくる景色がある。ひとりだから深まる思考もある。「シェアするなんて幻想だ!」と叫ぶのは、友人のいない身の悲しき遠吠えかもしれませんが、それでも私はひとり、老僧にならって、「シェアなんてするもんか」と世に背を向け続けるとします。



本を読む

『遊歴雑記初編 1、2』(十方庵敬順著、朝倉治彦校訂)
今週のカルテ
ジャンル紀行/風俗
時代 ・ 舞台19世紀前半の江戸とその周辺
読後に一言〈見るほどの物めづらしく、絶勝の風景言語にたえて、茫然としてながめ入の外なし〉。この「見る」という行為もやはり、“ひとり”ならではです。
効用200か所以上の地を巡っています。
印象深い一節

名言
下戸のたのしみは唯此煎茶にあり(十八「出世稲荷」)
類書19世紀前半の日帰り旅行記『江戸近郊道しるべ』(東洋文庫448)
18世紀末の国内旅行記『東西遊記(全2巻)』(東洋文庫248、249)
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