1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
中国食文化の奥深さがよくわかる、南宋・ 元の時代の中華料理のレシピ、398品! |
先日、北方謙三の『楊令伝』(集英社)の最終巻をようやく読了した。前作『水滸伝』(集英社文庫)19巻と『楊令伝』15巻の全34巻。ウム、長い道のりであった。
しかしこの小説、やたらと飯を喰らう場面が多い。朱貴の魚肉入りの饅頭や、李逵の特製香料で焼く猪肉……、北方謙三、よほどの美食家とみた。
それではということで、東洋文庫を探してみると、ありました! 小説の舞台とほぼ同時代の南宋の料理本が。『中国の食譜』。3冊の料理書を訳出したものだが、なんとレシピの掲載数は398! で、例の「魚肉入りの饅頭」らしきものも発見してしまいました。
〈魚包子(さかなのぱおず) 十人分当り、鯉、魚(けつぎょ:スズキ科の淡水魚)いずれでもよいが、身だけにしたもの五斤を柳葉に切る。それに、羊の脂(あぶらみ)十両の骰塊(さいころ)切り、猪の(あぶらみ)八両の柳葉切り、塩と醤(味噌)それぞれ二両、橘皮二個の細か切り、葱十五茎の糸切り、葱は香油(ゴマ油)で炒めておく、川椒(山椒)末半両、細料物(香辛料)一両、胡椒半両、杏仁三十粒を細かに研ったもの、醋一合を、麪(こむぎこ)の(つなぎ)といっしょに拌ぜあわせる〉
何ともうまそうである。以前、「料理書を読むのが趣味」という企業経営者をインタビューしたことがあるが、その時は内心、呆れていたのだが、これがどうして、読んでみると確かに料理書は面白い。何せ、作るような代物ではない。だってこんな料理が載っているのだ。
〈石子羹(みずごけの吸物) 渓流の清(きれ)いなところで、蘚衣(みずごけ)のついた小石を一二十個ほど拾い、泉の水を汲んで煮る。味は螺(にし)より甘く、ほのかに泉石の気(かおり)がする〉
水ごけの付いた石を20個ほど拾ってきてそれを煮るだなんて、現代人ではできません。しかもタニシより甘いといわれても……。だが読んで想像する分には、面白い。「梅粥」なんて、思わず唸ってしまった(お粥が煮える直前に、洗っておいた梅の花を入れると、わずかな香りがいいのだそうだ)。想像力と、食欲をかき立てる。
ちなみに「食欲」をジャパンナレッジの日国でひくと、最も古い例として、こんな用例が載っていた。
〈支那は食慾、日本は財欲と云ぞ(史記抄・佞幸列伝)〉
何だか言い得て妙で、笑ってしまった。
ジャンル | 実用 |
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時代 ・ 舞台 | 12~14世紀の中国(南宋、元) |
読後に一言 | とにかくお腹が空きます。 |
効用 | 中国食文化の奥深さを、文字で理解できる。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 太宗が蘇易簡に問うた。「食物で一番珍味とされるのは何か」と。蘇易簡が答えた。「食べるものに定(きま)つた味というものはありません。そのとき口に適ったものが珍味なのです」 |
類書 | 同じ訳者の中国シリーズ『中国の茶書』(東洋文庫289)、『中国の酒書』(東洋文庫528) |
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