1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
柳田国男が評価した沖縄の記録に、 「土人」発言の原因を見る |
沖縄が気になります。
かつて琉球王国として栄えた独立国家の面影はありません。太平洋戦争で蹂躙され、そして今なお、日本の戦後の矛盾の犠牲になっています。挙げ句の果てに、本土からやって来た大阪府警の機動隊員が沖縄の一般人に向かって「ボケッ、土人が」と暴言を吐き、某府知事はその差別意識を咎めません。しかも某大臣は国会で「言論の自由」を持ち出し、「その言葉(土人)が出てきた歴史的経緯には、さまざまな考え方がある」と開き直りました。
確かに「土人」には、〈その土地で生まれ育った人〉という意味があります。一方で、〈未開地域の原始的な生活をしている住民を侮蔑していった語〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)であることも間違いないのです。
ここで、琉球と同時期に日本に組み込まれた北海道に、「北海道旧土人保護法」が導入されたことを思い出してみてもいいでしょう。この法律は、〈当時の〈アイヌ民族〉を劣位の〈未開民族〉とし, 優勝劣敗を不可避とする文化観、文明観を前提として,異民族の皇民化をめざす最初の試み〉(同「世界大百科事典」)であり、この法律が廃止になったのは約20年前、1997年のことなのです。
『南嶋探験』は1894年に刊行された記録で、〈沖縄の実情を克明に記録したものとして声価が高い〉(同「ニッポニカ」、「笹森儀助」の項)ものです。刊行後、〈柳田国男など以後の沖縄研究を触発した〉(同「国史大辞典」)のも事実です。著者の笹森儀助は、国に対する意識も高く、危険を顧みず、沖縄の調査を敢行しました。評価してしかるべきでしょう。
しかし、今読み返すと、気になるのです。例えば、物売りの女性を見て、〈未開ノ土人モ人の不案内ニ乗シテ高利ヲ貪ルノ情アリ〉と笹森は嘆きます。或いは、人糞を肥料にしないことを馬鹿にし、〈耕作ノ粗ナルハ、現時ノ北海道土人ニモ及ハサル程也〉と断じます。
校注者は解説で、笹森は、〈島民の救済〉と〈民生の向上〉を願ったと評価します。確かにそうした側面はありますが、それらは沖縄の人たちを、〈劣位の未開民族〉と捉えた“上から目線”のものです。
自分たちと異なる文化集団を、〈劣位の未開民族〉とする。これは、日本人が欧米人からやられたことです。それをそっくり、明治時代の日本人は、琉球やアイヌにぶつけているのです。そして悲しいことに、本書の中にある本土人の“上から目線”は今も、ぬぐい去れていないのです。
ジャンル | 紀行 |
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時代 ・ 舞台 | 日本・沖縄/19世紀末 |
読後に一言 | 「土人」という言葉は、本書の中に50か所以上出てきます。どの文脈からも、著者の差別的でない感覚を読み取ることはできませんでした。 |
効用 | 〈歴史・民俗資料を含み、南島の総合的民族誌の性格をもつ〉(「国史大辞典」)ことは、最大限、評価します。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 是進テ険艱ヲ冒スモ、必ス天祐アルヲ確信シ、決行二勇気ヲ倍スル所以ナリ(「南嶋探検記発端」) |
類書 | 本書を絶賛した柳田国男の『増補 山島民譚集』(東洋文庫137) 同時期の太平洋の島々の探検『南洋探検実記』(東洋文庫391) |
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(2024年5月時点)