1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
金持ちはケチで愚かなり!? 百科全書的エッセイを読む (2) |
17世紀に成立した雑学エッセイ『五雑組』は、天、地、人、物、事の5つに分かれています。前回、天、地……ときましたので、今回は「人」(『五雑組』3、4巻)です。
いったい「人」とはどんな括りなのか。読んで氷解しました。書や仙術など人間業の紹介から、博打、遊びなど人の関わるもの、さらには女装家や恐妻家などなど、人をめぐる興味深い話が列挙されています。
私が「なるほど!」と膝打ったのは、この言葉です。
〈金持ちはけちくさい人が多い。けちくさくなければ、金持ちになることができないのである。金持ちに愚かものが多い。愚かでなければ、金持ちになることができないのである〉
けちはともかく、愚かとは? 別掲のエピソードに、愚かな金持ちの話がありました。
ひとりの〈財貨の好きな人〉の話です。どれだけ好きかというと、〈常住坐臥、言動から食事休息まで、どこに行くにもお金といっしょ〉。で、ある時病気になってしまうのですが、無理矢理起き上がり、蔵で黄金をなでる。
〈どうか大きな金塊十個を棺の中に入れて、わしにしっかり抱かせてくれ〉
と馬鹿なお願いを息子にするのですが、それが難しいとわかってしまう。ま、当然ですね。と、どうなったか。
〈涙をため、ため息をつき、ものもいえなくなって死んでしまった〉
アホです。金の亡者です。金に取り憑かれています。
でも私たちは、この男のことを笑えません。わが国の首相は、年頭記者会見(2017年1月4日)で、記者からの質問に答える形で、次のように述べました。
〈しっかりと我々はアベノミクスをふかしながら、経済をしっかりと成長させていく、これが私たちに与えられた使命であり……〉(首相官邸web)
この時首相は、「解散」について聞かれ、それよりも経済成長が大事だ、使命だ、と答えたのです。解散の言質を与えないためとはいえ、経済がいちばん、でいいのでしょうか。経済成長のためには、他のいろいろなことを犠牲にしてもいい、と私には聞こえます。まるで〈財貨の好きな人〉と同じような……。謝肇淛は、〈人の好むところは、生より甚しいものがある〉と言います。色、酒、財(金)、権力。これらに耽溺するあまり、おかしくなる。そうなりたくないし、そんな国もいやだなあ。
ジャンル | 随筆/美術 |
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成立した時代 | 17世紀前半の中国・明 |
読後に一言 | 私は記者会見をテレビで見ながら、「アベノミクスはふかせないだろっ!」とツッコんでいました。長期政権なのに、いつまで経っても「道半ば」ということにもツッコミたいところですが。 |
効用 | 「遁形の術」など、不思議な話もたくさん収録されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 人は死や生によって乱れない境地に到達し得て、はじめて、脚を着ける地位ができるのである。(『五雑組 4』) |
類書 | 唐代の百科全書的エッセイ『酉陽雑俎(全5巻)』(東洋文庫382ほか) 本書でも引用される『列女伝(全3巻)』(東洋文庫686ほか) |
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