1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
来た、見た、感じた。イギリス人女性紀行家が 捉えた、1800年代後半の朝鮮半島の姿。 |
今、「鬼神」に取り憑かれている。
そもそも何と読んでいいのかもわからない。キシンでもあり、キジンでもあり、オニガミでもある。ジャパンナレッジの「日本国語大辞典」のキジンの補注にはこうある。
〈「日葡辞書」では、漢音読みのキシンと呉音読みのキジンとでは意味が異なっているとする。すなわち、キシンは神になった死者の魂をいい、神と悪魔をいうのに対して、キジンは悪魔だけを指すという〉
では、イサベラ・バードが『朝鮮奥地紀行』で報告する「鬼神」は、はたしてキシンか、それともキジンか。
〈あらゆる朝鮮人の家庭がここ、そこ、つまり至る所で鬼神に支配されている〉
イサベラ・バードは、1878年に来日し、アジア各地を旅したイギリス人女性だ。書簡形式で書かれた『日本奥地紀行』は紀行文学の快作だと思うが、本書はやや性格が異なる。朝鮮に対するバードの視線がそうさせるのか、当時の朝鮮の状況ゆえなのか、心弾むような感じがない。
そして本書も終わろうかというところで、突然、「朝鮮の鬼神崇拝」と「朝鮮の鬼神崇拝覚え書」という章をもってくるのだ。ここに来てバードの困惑は(読者の戸惑いも)増す。明らかに正体不明の「鬼神」に対し、そしてそれを盲信する姿勢に、違和感を隠せないでいるのだ。
バードによれば、当時の朝鮮の人々はすべてを鬼神のせいにする。良いことも、悪いこともだ(未確認だが、現代の韓国でも鬼神のいぬ間に引っ越しするのが良いとされるという)。天地草木、家の棟木や家具にも鬼神はおり、中には、人を他人の代わりに死なせたり、虎に人を食べさせる鬼神がいるという。
元々、鬼神は中国のものだ。
〈鬼神という語は中国より伝来したもので、その意義は多様である。祖先または死者の霊魂をいうが、幽冥界(ゆうめいかい)にあって人生を主宰する神ともされており、さらに妖怪変化(ようかいへんげ)ともみられている〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)
〈中国の哲学思想の上に重要なる地位を占めている、目に見えない神霊を指しているがその解釈はすこぶる多義である〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)
と事辞典でさえどこか困惑している。
調べても調べても、私自身、得心がいかない。見てはいけない闇をうっかりのぞいてしまったかのようだ。
……仕方ない。豆でもまこう。
ジャンル | 紀行/民俗学 |
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時代 ・ 舞台 | 19世紀末の朝鮮 |
読後に一言 | 目に見えるモノだけが、本当ではないってこと? |
効用 | 朝鮮半島の文化に対し、今以上に、興味と畏れを抱きます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 何度も繰り返しているところがある。繰り返さないとその事実を十分に重視できない、と思われたからである。(序言) |
類書 | イサベラ・バードのアジア紀行第一弾『日本奥地紀行』(東洋文庫240)、第三弾『中国奥地紀行(全2巻)』(東洋文庫706、708)※『中国奥地紀行』はジャパンナレッジ未搭載 |
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(2024年5月時点)