1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
オーストリア人が見た未開人とは? 20世紀初頭、インドシナ半島の冒険譚。 |
今さらだが「東洋」という言葉について思いを巡らしたい。この言葉、不思議な言葉である。「西洋」と対をなし、元々中国が南の海を東西に分けた名称だった(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」、〈西洋〉の語誌より)。
ところが日本においては、幕末から明治維新にかけて西方より「近代」が入ってきた。この時に欧米を「西洋」としたのだ。西洋と遭遇した結果どうなったか。非西洋的な存在――そう「東洋」が誕生したのである。現在使われている「東洋」とは、「西洋」が発見したともいえる。
と考えてみると、東洋文庫には、欧米人が発見した「東洋」に関する本だらけだ。前回紹介したイサベラ・バードしかり。『デルスウ・ウザーラ』など欧米人による紀行はまさに、西洋による東洋の発見だ。そしてそこには、西洋という常識から見た東洋という奇異なるもの、という視点がある。
で、はたと気付くのである。私は西洋の視点から東洋文庫を読んではいないか、と。
『黄色い葉の精霊』はまさに、西洋人による東洋の発見の物語だ。著者のベルナツィークは、夫婦で調査紀行を手がけるその道の有名人。そして彼らが挑んだのが、インドシナ半島――現在のベトナム、カンボジア、タイ、ラオス、ミャンマーの各地に住む「未開民族」の調査だった。中でも彼らの目的は、「黄色い葉の精霊」と呼ばれる、「ピー・トング・ルアング族」を探し当てること。なぜなら彼らは、〈深い原始林の中に、伝説と謎につつまれて生活している〉原始的な種族だからだ。
困難だらけの行程とは裏腹に、小気味よい文章で旅は進む(ベルナツィークの文才は賞賛したい!)。そして彼らはついに、ピー・トング・ルアング族に出会うのだ。そしてベルナツィークの考察(まさにこの箇所こそ、西洋による東洋の発見だ)。
〈彼ら(ピー・トング・ルアング族)は抽象的に考えたり、結論を導き出すことができないのだ。(中略)結果が起こるまでは、結果はピー・トング・ルアング族にとっては存在しないのだった〉
結果が起こるまで、結果は存在しない。真理だ。だが西洋人側の私たちは、こうした真理をしばしば見失う。
ちなみにピー・トング・ルアング族は、今や300人ほどいるともいう。ベルナツィークが見たままの生活を続けているらしい。彼らがこの世から消えてなくならない限り、彼らの真理は、不変なのだろう。
ジャンル | 紀行/民俗学 |
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時代 ・ 舞台 | 1930年代の東南アジア |
読後に一言 | 「未開地」があるから、冒険も生まれる。 |
効用 | きっとあなたなりの新鮮な何かを「発見」します。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 目的を達すれば、そのたびごとにまたそれは出発点にすぎなくなる。 |
類書 | フランス人の紀行『ペルシア見聞記』(東洋文庫621) 英国人による記録『セイロン島誌』(東洋文庫578) |
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(2024年5月時点)