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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 46

『論衡 漢代の異端思想』(王充著 大滝一雄訳)

2017/04/20
アイコン画像    皮肉たっぷりの漢代の思想書に学ぶ、
「ポスト真実」時代を生き抜くスキル。

 今、トランプ支持層といわれる白人労働者階級出身者が書いた自伝『ヒルビリー・エレジー』(光文社)を読んでいるのですが、これが面白い。著者いわく、白人貧困層の多くは、報道を信用せず、ネット上の謀略説やデマをむしろ信じたがっているというんですね。なるほど、トランプ大統領があれだけ「ポスト真実」を口にしても平気なのは、信じたい人がいるからなのでしょう。

 私たちはかつてないほど、「リテラシー」の必要性に迫られています。アメリカに限らず、日本政府も「ポスト真実」をまき散らしています。しかしアメリカ同様、そこまで批判の声が高まりません。なぜでしょうか。

 まずはこの文をお読みください。


 〈世間で困ったことは、なにかをいうのに、そのほんとうの姿を誇張することだ。文を書き辞句を示すに、辞句がその真実からはみだし、美をたたえてはその良さを過ぎ、悪をおしあげてはその罪を超える〉


 今のテレビや雑誌を揶揄していると思いません? 実はこれ、漢代に書かれた思想書『論衡』の一節なのです。ではなぜ、〈誇張する〉のか。著者の王充は言います。


 〈どうしてか。世間のひとは変わったことが好きで、変わっていなければ、いうことも相手にされないからだ〉


 あるいはこうも言います。


 〈どうしてか。ありのままのことでは人の意中を快くするわけにいかず、見せかけだけの事が耳を驚かせ心を動かすからだ〉


 つまり、原因は私たちにある、とこう述べているのですね。たとえばスマホのニュースを、見出し次第で読んでしまうというアレです。もっと辛辣に(著者に倣って正直に)言うなら、発信する側(政府、マスコミ……)が、私たちをバカにしているのです。誇張しなければあいつらは食い付かないだろう、と。虚妄を口にしても、わからないだろう、と。

 『ヒルビリー・エレジー』の著者は、ロースクールで学ぶことで、目を見開き、貧困から抜け出しました。虚実が見えるようになった。『論衡』の著者が一貫して口にしていることも、真実を見よ、ということなのです。では虚実をどうジャッジすれば良いのか。


 〈なにによってたしかめるのか。物によってたしかめるのだ〉


 鵜呑みにしない。自分で確かめる。これです。



本を読む

『論衡 漢代の異端思想』(王充著 大滝一雄訳)
今週のカルテ
ジャンル思想/伝記
時代 ・ 舞台1世紀後半の中国(漢代)
読後に一言王充にかかれば、御用儒学もスピリチュアリズムもけちょんけちょんです。その舌鋒に、溜飲が下がります。
効用本書を裏返せば、「漢代に信じられていたこと」がよくわかります。
印象深い一節

名言
およそ学問の方法とは、才のないことを恐れず、大先生をなじりかえし、道を明らかにし義を正し、是非を判定することである。
類書中国戦国時代の説話『中国古代寓話集』(東洋文庫109)
漢代の思想と精神『漢書五行志』(東洋文庫460)
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