1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
長江の船旅を追体験できる 南宋第一の詩人の「紀行文学の傑作」 |
GWは憂鬱です。フリーランスの仕事をしていると(フリーでなくてもそうでしょうが)、GWは仕事のペースを狂わせます。「GW前までに仕上げてくれ」だの「GW明けすぐによこせ」だの、そういう発注が増えるからです。うまく調整しないと、GW中も仕事をしている羽目に陥ります。ま、どちらにせよ、GW中はどこにも行かずにダラダラしているのですが……。というわけで、少しでも“旅情”を感じようと本書『入蜀記』を紐解きました。
〈紀行文中の圧巻〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」、「陸游」の項)
〈紀行文学の最高傑作〉(同「世界文学大事典」、「陸游」の項)
と絶賛される、南宋の詩人・陸游(りくゆう/1125~1209)、46歳の時の日記『入蜀記』。〈長江をさかのぼる158日間の船旅の体験〉(同前)です。
この陸游、文人官僚でもあったのですが、〈要路の人を批判しては幾度も免職にあい、官職にあったのは通算しても20年ほどでしかない〉(同「ニッポニカ」)という反骨の人でもあったようです。常に国の現状を憂えていた人でもありました。さてそんな詩人が綴った、〈紀行文学の最高傑作〉とは?
陸游は、赴任先の蜀(四川省)に赴くために、船で長江を遡ります。名所・旧跡を辿りながらのゆっくりした旅です。陸游は5月18日から10月27日まで、ほぼ毎日欠かすことなく、日記をつけるのですが、頻出するのがこのような言い回しです。
〈……と詠じているのは、この地のことなのである〉
風景を愛でながら、その地を詠んだ李白や杜甫の詩の一節を諳んじる。これがいい。日本でいえば、芭蕉の『奥の細道』を辿るようなもんです。読者は、名詩と、陸游の目を通した風景を比べながら、その旅情に浸る。なるほど、これぞ正しい教養の用い方なのでしょう。
そして何より、陸游自身が、〈南宋第一の詩人〉(同「世界大百科事典」)なのです。
〈夜、子供たちと岸に登り、大江を前にして月を観賞した。江の水面は遠く天と接し、月影が水に映じ、ゆらゆらと揺れている。あたかも黄金色の虬(みずち)のようで、胸をときめかせ目を見張る眺めである〉
こういった詩情が、あちこちに出てきます。これがまたいい!
旅行にいった気分に浸りました。旅の追体験です。これで心置きなく、GW中はだらだらできます。
ジャンル | 紀行/詩歌 |
---|---|
時代 ・ 舞台 | 12世紀の中国(南宋) |
読後に一言 | 158日間の船旅って、しかしよく考えると贅沢ですね。 |
効用 | 注では、下に紹介したような、陸游が旅先で読んだ詩が紹介されていて、それを読むだけでも味わい深いです。 |
印象深い一節 ・ 名言 | (李白の墓を前にして)飲むこと長鯨(げい)の似(ごと)く快く川を吸う、思いは渇(かつ)せる驥(き)の如く勇ましく泉に奔(はし)る(巻三) |
類書 | 明治の漢詩人の蜀への旅『桟雲峡雨日記』(東洋文庫667) 宋代の文人の紀行文集『呉船録・攬轡録・驂鸞録』(東洋文庫696) |
ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
(2024年5月時点)