1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
欲深や嘘つきには必ず天罰が…… 読むとスッキリ! 明の勧善懲悪小説 |
こうも世の中がギスギスしてくると、人情に触れたくなるのが人の常。そこでGWを利用して『今古奇観(きんこきかん)』を堪能することにしました。
『今古奇観』は、〈民衆の生活に基づいた勧善懲悪的小説四〇編を選録したもの〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)で、〈江戸時代に伝来し、曲亭馬琴・都賀(つが)庭鐘や上田秋成らに影響を与えた〉(同「デジタル大辞泉」)といわれています。
正直申しまして、これが面白い。登場人物は、クセのある人間が多いのですが、目立つのは「欲深」です。
〈世間の人は目さきのことにばかり気をとられてさきざきのことを考えず、他人には損をさせて自分だけがもうけようとする〉
ドキリとした人、いません?
第1巻の中で興味深かったのは「第八話」です。あるところに花を愛する秋(しゅう)という老人がいた。渾名は「花きちがい」。花を愛で、育てている花がしぼむと、〈涙を流すのが常〉というのだから尋常じゃありません。秋さんのこの素晴らしい庭園に目を付けたのが、欲深の若旦那です。こんな奴です。〈役人の家の息子だったが〉――つまり二世のボンボンですな、〈その人柄はずるくて嘘つきで〉――そんな政治家ばかりですが、〈残忍で情容赦もなく、勢力を笠に着て隣近所をだましたりおどしたりして、善良な人々をくるしめてばかりいた〉。
この若旦那が仲間を引き連れ、「庭を売れ」とやってきて、秋さんが断ると、乱暴狼藉やりたい放題。二世のボンボンのやりそうなことです。秋さんが悲しんでいると、仙女が現れて元通りにしてくれます。ところがそのことを若旦那が役人に密告し、妖術使いの嫌疑で捕まってしまう。秋さんが天に祈ると、再び仙女が現れ、最後は秋さん、仙界に上ることを許される。
〈心ただしく持ちゆけば/神の助けがきっとある〉
若旦那はどうなったかって? 最後には、糞溜めの中に頭から突き刺さって窒息死です。まさしく勧善懲悪。嘘をつけばお天道様が許さない。それが『今古奇観』に通底する理(ことわり)なのです。
さて今の日本は? 『今古奇観』の世界なら、〈辞書で念のために調べてみたんでありますが、“そもそも”という言葉は“基本的に”という意味もある〉と国会で嘘をついたあの人にも、天罰が当たるはずなんですがねぇ。
ジャンル | 文学 |
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成立した年代 | 1600年代の中国・明 |
読後に一言 | 『今古奇観』、あまりにも面白くテーマも多岐にわたるので、毎月1冊ずつを目安に、不定期で取り上げていくことにします。 |
効用 | 第六話の李白の話も読み応えがあります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | いのちあってのものだねで/死んでしまえばそれっきり/あの世へ持っていけぬのに/あくせくするはなんのため(第三話) |
類書 | 中国小説の祖『捜神記』(東洋文庫10) 中国六朝時代の短編小説集『幽明録・遊仙窟他』(東洋文庫43) |
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(2024年5月時点)