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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 363

『中国陶瓷見聞録』(ダントルコール著、小林太市郎訳注、佐藤雅彦補注)

2017/05/25
アイコン画像    フランス宣教師がレポートする
窯業都市・景徳鎮の姿

 〈拝啓/時折は景徳鎮(けいとくちん)に滞在して新しき信者の心を培ううちに、かの世界各地に伝播して異常なる賞讃を博しつつある美しき瓷器(じき)の造らるる方法を実地に研究仕り候。もとより、好奇の心を以て斯(か)かる探索を為せしには非ざるも、併しながら、これ等の制作に関するあらゆる事の稍々(やや)詳細なる記述が、ヨーロッパに於いて何かの役に立つべしとは存じ申し候〉


 のっけから「候文(そうろうぶん)」で恐縮ですが、そう書いてあるのだから仕方ありません。これは、『中国陶瓷見聞録』の冒頭です。本書は、1700年代に、中国・清で布教活動に従事したフランス人宣教師フランソワ・グザイエ・ダントルコールが、本国に宛てて送った書簡集です。東洋文庫所収の『イエズス会士中国書簡集』もそうですが、この当時、宣教師たちは異国にやってくると、レポート(書簡)を提出していたのです。
 本書が貴重な書物である所以は、レポートの対象が景徳鎮だからです。彼の地は、〈中国江西省の北東部,昌江上流にある中国第一の窯業都市〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)で、ダントルコールが訪れた時期は、〈その最盛期で、人口も40万に達し、数多くの製品が海外にも輸出され、ヨーロッパ各国で愛された〉(同「ニッポニカ」)のだそうです。

 で、冒頭に戻るのですが、昭和18年に初版が出ているせいか(本書は昭和21年版の再録)、全編が候文。格調は高いのですが、正直、ちと読みづらい。しかし内容に関しては、微に入り細を穿つ詳細なものです。


 〈火焔は諸方より渦巻き上がり、一望直ちに景徳鎮の広袤(こうぼう)(広さ)と奥行と輪郭とを示し居り候。夜ともなれば、恰も全市火に包まれたる一巨邑を観る如く、又は多くの風孔ある一大炉を視る如き感、致し候〉


 この調子で陶磁器が製作される過程を綴っていきます。

 ルイス・フロイスの『日本史』(東洋文庫所収)でも感じましたが、彼ら宣教師の目的は布教のはずなのに、異国の文化や風俗を詳細にレポートしています。そこには、「科学者の目」ともいうべき視点があります。

 注によれば、「好奇心」はキリスト教の悪徳のひとつだそうですが、著者が冒頭〈好奇の心を以て斯かる探索を為せしには非ざるも〉と釈明するのは好奇心があった証拠。ダントルコールのような人間の好奇心によって、ヨーロッパ人は中国、そして東洋を知ったのでした。



本を読む

『中国陶瓷見聞録』(ダントルコール著、小林太市郎訳注、佐藤雅彦補注)
今週のカルテ
ジャンル産業・技術
時代 ・ 舞台1700年代の中国・清
読後に一言注によれば、「好奇心」はキリスト教の悪徳のひとつだそうですが、著者があえて、〈好奇の心を以て斯かる探索を為せしには非ざるも……〉とエクスキューズしているように、好奇心を抑えられなかったようです。
効用詳細な注を読むだけでも、興味深く感じるはずです。
印象深い一節

名言
今や景徳鎮は、(中略)一の聖堂を有し、その信者も多く、その数は歳毎に著しく増加致し居り候。主よ、願わくば此等新しき信徒の上に弥々その祝福を降し給わんことを!(第六章「結語」)
類書同時代の宣教師による中国布教報告集『イエズス会士中国書簡集(全6巻)』(東洋文庫175ほか)
景徳鎮の陶業の解説書『景徳鎮陶録(全2巻)』(東洋文庫464、465)
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